奏者は皆、ステージ中央へ進むと、揃って深々と一礼した。皺だらけの手で懸命に拍手をする老夫婦。そっくりな笑顔で拍手をする母と幼い娘。仲睦まじげな高校生カップルの拍手。小さな掌で力いっぱい大きな拍手をする無垢な男の子。一人一人の素朴で純粋な感動が、まっすぐに私に届く。大舞台で演奏した時のような盛大な拍手喝采ではなかったけれど、長らく忘れていた感動が、ゆっくりと息を吹き返した。充足感、手応え、悦び。幸福感。それらが深い浸透力で細胞の一つ一つへとじわじわと染みこむ。「ブラボー」と独り言のように呟く。最高のクリスマスプレゼントを貰ったように満ち足りた気分だった。
ステージを降りると、見計らったかのようなタイミングで小雨が降り出した。雨を避け、舞台袖のテントの下でメンバーと代わる代わる握手を交わした。
音楽に世代なし。初対面にもかかわらず、年齢を超えて共鳴し、手を取り合うことができる。それこそが音楽の素晴らしさなのだと改めて実感した。
「無茶を言ってごめんなさいね、でも、お嬢さんのお蔭で、とってもいい想い出ができたわ。本当にありがとう」老婦人は瞳を潤ませながら、皺だらけのくすんだ小さな手で、私の手をぎゅっと強く握り締めてくれた。
「ありがとう、本当に助かったよ。お蔭で『サンロード』結成以来の最高のステージになった。死ぬまで忘れられない、いい思い出ができた」チェリストも感極まった涙目でそう告げると、すかさずピアニストがツッコんだ。
「それなら、死んでも忘れられないに言い直しとけ。どうせお迎えはもうじきだ」
皆どっと笑い、湿っぽい涙も吹き飛んだ。チェリストは晴れやかな笑顔で、
「今夜のお礼に、とびっきりおいしい珈琲とケーキをご馳走するから、良かったら明日、彼氏と一緒においで」と、ショップカードを私へ差し出した。
「純喫茶コンチェルト?」記載された住所は、蒲田西口商店街アーケード内の『サンロード』の一角だ。
「老いぼれ夫婦二人だけでこぢんまりやってる、道楽のような喫茶店だよ」
にっこりとチェリストが答えると、老婦人が愛嬌たっぷりに言葉を添えた。
「そして、暇を持て余した私たち、有閑老人の溜まり場にもなってるの」
「そうだ、明日来るなら16時までにおいで。いつもは夜8時まで営業してるんだが、明日だけは16時で閉店なんだ。17時から貸し切りで、商店街の連中が集まって、クリスマスパーティーをするんだよ。我らの演奏をBGMにね」
ピアニストが自慢げに言うと、チェリストは、痛そうに顔を歪めて横たわるヴァイオリニストを横目で見遣りながら、溜息交じりに呟いた。
「それまでに、あいつの腰が治ってくれれば、の話だが…」
「はい、お待ち遠様、コンチェルト特製の極深入り炭火焙煎珈琲だよ」
カウンターに好々爺然とした笑顔と共に、淹れたての珈琲が置かれた。
「ありがとうございます…わあ、すごくいい香り」