「ねえ、君、助けてあげたら?おじいさんたち、何だか気の毒だよ」
「そうよ、あの人たち、きっと今日のこのコンサートをすごく楽しみにして、毎日一生懸命、練習してきたんじゃないのかしら?」
…確かに、そうかもしれない。老後のささやかな楽しみを自分が奪ってしまう罪悪感に駆られた。奇しくも聖夜に、憐みや情けを無視したら、天罰が下りそうな畏れすら抱き、逡巡していると、再びチェリストが切迫したように叫んだ。
「本当に困ってるんだ、どうか頼むよ!」この雨模様の空のように半泣きの必死な形相で懇願され、とうとう観念した。重い足取りで前へ向かって歩き出すと、モーゼの十戒のごとく、人波が裂け、ステージへ続く道ができた。壇上へ上がると、四人から拍手で出迎えられた。続いて、聴衆からも好意的な拍手が沸き起こる。チェリストは、ほっと安堵したように笑顔で私を迎え、マイク越しに言った。
「ありがとう!ようこそ、『サンロード』へ!思いがけず、ぐっと若いフレッシュな飛び入りゲストの登場で、一気に平均年齢が下がりました!では、我ら『サンロード』の最後の曲をどうぞお聴き下さい。『ジングルベル』です!」
客席に紹介するチェリストが軽快な口調とは裏腹に、私の心はこの空のように暗澹と重みを増していき、深い溜息を吐いた。どうして、こんなことに…
電子ピアノの右側に四つ並べられた椅子へ腰掛ける。右からピアノ、フルート、私のヴィオラ、チェリスト、トランペットの順だ。一時間前にケースに仕舞ったばかりのヴィオラと弓を取り出すと、肩へ乗せてスタンバイし、隣のチェリストへ目で合図した。五重奏の柱であるチェロからチューニングが始まった。一通りのチューニングが終わると、チェリストは私にこっそり耳打ちした。
「好きなように弾いてくれていいから。楽しめれば、それでオッケーさ」
あなた方は好きな放題弾き過ぎよ、もっと調和を大事に!と心の中のツッコむ。
かくして私は、初対面のメンバーと数十人の立ち見客を相手に、ぶっつけ本番のなりゆき五重奏へと突入した。全体的な技量の低さは否めないが、チェロの低音は耳に心地良かった。チェロは、人の声に最も近い音だと言われている。それ故か、あらゆる楽器の中でも、とりわけチェロは聴く者の懐にスルリと自然に入り込み、訴えかける力がある。ヴァイオリンのような華やかさはないが、柔らかで厚みのある小春日和の陽だまりのような穏やかな響きが鼓膜を滑らかに打つ。
演奏しているうちに、幼い頃から耳に馴染んだポップで明るいリズムに乗って、自然と心も弾み出す。いつしか、雑念も邪念もなく、無心にヴィオラを奏でている自分に気付いた。コンクールだとか、受賞だとか、賞の優劣や評価に囚われず、こんなに透明な心で演奏できたのは、本当に久しぶりだった。心が解放され、自由になり、余計な重力が抜け、天の高みまで昇っていくような軽やかさを感じた。
簡単な短い曲なので、ミスすることもなく難なく弾きこなし、あっという間に演奏が終わった。ゆっくり弓を弦から離すと、拍手喝采が沸き起こった。
「ブラボー!」チェリストは満足げに叫ぶと、私に向かってピっと左手の親指を立てて見せた。私も釣られて顔を綻ばせながら親指を立てた。他の四人の奏者たちも皆、会心の笑みで親指を立て、快哉を叫んだ。