記憶から覚め、現実が来る。
「……行こう」
寛人が賢吾を促した。
ほんの数分、しこりになっていたものが形になって差し出される。
賢吾にとってしこりは見えないふりをし続けた、消えて欲しい存在だった。
「……この街は、好きか?」
帰り道を、自転車を押して歩きながら、賢吾は寛人に聞いた。
「別に。でも、父さんも賢吾さんもいるし」
「……そうか」
アパートに戻ると、玄関口に亮二が待っていた。亮二は寛人の姿を見つけると階段を駆け下りて、引きずっていく。
「ちょっと来い!聡から連絡があったぞ」
「痛い!痛いから!」
賢吾が慌てて亮二を止める。
「ちょっと待ってくれ。誤解だって聞いたろ」
「誤解だとしても誤解受けるような真似をするのも悪いだろうが」
「話を聞いてくれ」
「他人は黙ってろ!」
亮二が放った言葉に、賢吾は凍りついた。
確かに、賢吾はなんの関係もないはずの他人だ。他人がただ世話を焼いただけ。責任なんて何一つなかった。
「……関係、あるんだ」
ぽつりと、賢吾が告げた。
「うちに払う金を、寛人は借りようとしただけなんだ」
「……聞いたよ」
「俺が悪かったんだ」
「なんでだよ」
少し苛ついたように、亮二が返す。
「……お前は、結局、親父さんになりたかったんだろ。だから俺に親父さんがしてくれたように、寛人の世話をする。お前が、寛人を必要としてるんだ。家族のようにかわいがる子供が」
「それは違う!」
「何が違うんだよ」
賢吾は意を決して、今まで言えなかったことを口にする。
「お前がアナフラキシーで運ばれたのは、事故じゃない。……俺だ。俺がお前の皿に、卵を入れた」
深々と頭を下げる賢吾に、亮二は冷ややかな視線を投げた。
「……知ってたよ」
賢吾は意外な言葉に顔を上げた。
「あのカレー、最初に食べた時は、なんでもなかった」
滅多に休まない賢吾の父が、遊びに連れていくと言い出した時、表には出さなくても、賢吾は嬉しかった。だが、亮二も誘われた。亮二が嫌いなんじゃない。一緒に出かけることがなかった父親なのに、家族じゃない亮二がついてくることが無性に苛立たしかった。
亮二が席を立った時、自分のカレーに入っていた生卵の白身を掬った。
ほんの少しだけ。それならちょっと具合が悪くなるだけで、亮二が一緒にいけなくなるだけ。そんな風に自分に言い聞かせて、亮二のカレーに落とした白身は、まるでカレーの油のように浮いているだけで目立たなかった。
「俺がいなくなるまで、言うチャンス、何度もあったろ」
「……ごめん」
「罪滅ぼしだったんだろ、寛人に肩入れしたのは」
「……ごめん」
「ずっと、そんなに俺が嫌いだったのか、考えてた。……なあ、俺ら、ちゃんと友達だったのか」
「……ごめん」
「ごめんじゃ、わかんねえんだよ!」
亮二が怒鳴りつける。
賢吾はただ頭を下げつづけた。
「信じたかったんだ」