そう吐き捨てると、亮二は寛人を連れて、自分の部屋に駆け戻った。閉じたドアに向かって、賢吾は頭を下げ続けた。
部屋に戻ると、亮二は壁を叩きつけた。
「寛人。お前、賢吾は好きか」
沈黙が続いた。寛人には亮二が何を聞きたいのか、わからなかった。考え続けて、小さく、こくりと頷いた。
「もうあいつの子になるか?」
投げやりに吐き出された言葉が、本音じゃないことは寛人にもわかっていた。
「ここにいるよ」
「……そうか」
その声は少しほっとしたようだった。
「春菜さんから伝言」
「何だ」
「洗濯はちゃんとしろって」
「……あのおせっかい」
亮二は小さく呟くと、部屋のゴミを拾い始めた。
「それと」
「まだあるのか」
「ひとりぼっちの声は、どこにも届かないよ」
「……そうだな」
寛人の言葉に、亮二は寂しそうに笑った。
* * *
漁火の提灯に明かりが灯る。
店の中では、ヒコ爺が日本酒をちびちびと飲んでいる。
「まったく、嫌な世の中になったもんだ。アレもダメ、これもダメ。ちょっと間違えたらもう一生やり直しが利かないような顔をしやがる」
「そうかもしれませんね」
包丁で刺し身を卸しながら、賢吾が気の抜けた相槌を打つ。
「ほら、そういうクッソ真面目でなあ。融通が利かないところが、ほんと親父さんにそっくりだよ」
「お父さん、どんな人だったんですか」
春菜がお通しを出しながら尋ねる。
「一言で言うとなあ。お人好しだ。世の中に借りた恩なんて、どっかで返せばいいのによ。誰かの居場所が作りたいってこの店始めたんだから」
そう言うと、ヒコ爺はぐびっと日本酒を煽る。
「アンタは世の中から借り過ぎなんだよ」
引き戸が開いて、亮二が入って来ると、賢吾があっけにとられる。
「フン、借りた覚えもないようなツラしてるガキに言われたくねえな」
ヒコ爺を無視して空いたカウンター席に座ると、亮二は入り口に声をかける。促されて、寛人が入って、亮二のとなりに座る。
賢吾はなんとも言えない表情を浮かべる。
気にしたそぶりもなく、亮二は品書きを眺めている。
「……何にする?」
「そうだな、任せるよ」
亮二はそう答えると、春菜が持ってきたおしぼりで手を拭いた。
「ダメなものあるか?」
「卵、あとエビとカニ」
「わかった」
賢吾が惣菜の盛皿から、茄子の煮びたしを取り分ける。
「お待たせ」
茄子に刺し身。揚げ出し豆腐、つくねが亮二と寛人の前に並ぶ。
亮二は茄子を一口食べた。
「……よかったよ。お前が、ずっとここにいて」
亮二が箸を置く。
「なあ。どこから話そうか」
穏やかな亮二の言葉に、声を詰まらせた賢吾が、小さく頷いた。