「ガキはガキらしく、大人の顔色なんて伺ってんじゃねえ」
「……だって、ガキは大人がいないと生きて行けないじゃないか」
「そりゃ、そうだがよ」
ヒコ爺は軽く流して、酒を最後まで飲み切る。
「ちゃんと捨てなよ」
「わかってるよ」
ヒコ爺が空になった酒瓶を近くのかごに放り込む。
「……ねえ、爺さんって、いつからあの店通ってんの」
「先代が始めた時から。賢吾のおやっさんもここの人でな」
「この前言ってた、音を仇で返したって、なんのこと?」
寛人の質問に、ヒコ爺はしまったという顔をする。
「なんでもねえ。お前が気にすることじゃない」
「さっき、ガキは大人の顔色伺うなって言ったろ」
折れそうにない寛人に、ヒコ爺は渋々答えた。
「亮二が最後に店に来た日な、飯食ってる最中に、倒れたんだよ。ほら、あのなんだっけ、アレのアナがなんどか」
「アレルギーのアナフィラキシー?」
「そう、それ。で、駆けつけた亮二の母親が飯を出した賢吾の父親に謝れって大騒ぎ。自分は仕事でずっと亮二を漁火に行かせていたのに、感謝のかの字もありゃしねえ。ちょっとほら食材が紛れただけだろ」
「そんな軽いもんじゃないよ。学校でもアレルギーの子は給食別だし。死んじゃうことだってあるんだから」
「……そうなのか?」
「ヒコ爺。それ他で言ったらダメだからね」
寛人がヒコ爺に釘を刺す。
「わかってるよ」
うんざりしたようにヒコ爺は大きなため息をつく。
そんなヒコ爺を見届けると、寛人は公園を眺め、小さな疑問が湧き上がった。
「なんで、それで、俺の面倒見てくれてるんだろう」
「さあな。……罪滅ぼしみたいなもんじゃねえか?」
「なんで? ただの事故だったんでしょ?」
「百の善行、1つの失敗でダメだと思い込む奴なんだよ。親父さんも賢吾も。まあ、もともと親父さんは善行だなんて思っちゃいなかったのかもしれないがな」
ヒコ爺はそう言うと、立ち上がって、またなと一言残して去ってしまった。
残された寛人は、しばらく座り込んでいたが、アパートの方へと向かっていった。
* * *
アパートの鍵を開けようとすると、鍵が既に開いていた。
「ただいま」
寛人は声をかけるが返事はない。居間には亮二が眠っていた。ちゃぶ台の上にはスマホがタイマーを刻んでいた。きっと仕事中、中抜けして少し休むことにしたのだろう。