呆れたように春菜が笑うと、寛人は水を飲んで、食事を流しこむ。
「亮二とそっくりだよなあ。ほら、あいつ、母親が迎えに来るからって、やっぱり急いで食べてさ」
聡が思い出したように笑う。
「なあ、そういえば、あいつ、なんで転校したんだっけ」
「お袋さんの再婚じゃなかったかな」
「ふーん?」
賢吾は答えながら、亮二が最後にこの店に来た日を思い出していた。
救急車の赤色灯が店のガラス戸ににじむように揺れていた。
亮二の母親が、自分の父親を怒鳴るのを、賢吾は何も言えずに聞いていた。
担架に乗せられた亮二の小さい体は、赤くなり、荒い息を上げていた。
「こんばんは」
引き戸の音に、賢吾は現実に引き戻された。
「おう。……飯、食ってくか?」
「いや、いいよ」
亮二は短く答えると、寛人のランドセルを持つ。
「帰るぞ」
寛人は黙って食べ終えた食器をお盆に乗せると、座敷からカウンター裏の流しに運ぶ。
「ごちそうさまでした」
「またおいでね」
寛人は春菜にホッとしたように頷く。
「なあ亮二。お前、飯、ちゃんと食ってるのか」
賢吾は心配そうに声をかけるが、亮二は顔色が悪いまま、「食べてるよ」と小さく答えるだけだった。
呆れた聡が、割って入ってきた。
「お前なあ。大変なのはわかるが、なんで賢吾にこんな世話かけてんだよ。年中、寛人の晩飯食わせてもらってさ。晩飯代くらい出してんだろうな」
「うちは別にいいんだ」
「いや、よくないだろうよ。けじめくらいつけろっての」
言い争いから逃れるように、亮二はポケットからくしゃくしゃの千円札を数枚出して、机に置いた。
「これで、とりあえず足りるだろ」
返事を待たずに亮二は寛人を引きずるように出ていった。寛人は何度か振り向きながらも、そのまま亮二についていく。
賢吾は声をかけそびれ、迷った手の行き場を探すように、エアコンの風に揺れているお札を無言でまとめた。
賢吾の様子に聡は苛立ちを隠せない。