「ああ、別に気にするな」
賢吾は言葉を濁したが、春菜が口を挟む。
「この人の父親ね、ここの先代だったんだけど。昔、亮二くんのごはん、よく出してたの」
「父さんの?」
「亮二くん、お母さんが帰り遅かったから。ひとりで食べるくらいならうちにおいでって、そこのカウンターでよくこの人と一緒に夕食食べてたみたいよ」
「いいんだよ、昔の話は」
興味に目を輝かせた寛人から逃れるように、賢吾はカウンターに入った。つくねをいくつか合わせてこね直して、熱したフライパンで焼き始める。
羽海野聡が入ってきた。くたびれたスーツのネクタイを緩めながら、カウンターに座る。
「あ〜、疲れた。賢吾! ビールくれビール」
「了解」
賢吾は言われるままに生ビールを注いで聡の前に置いた。
「随分疲れてるじゃないか」
「今、部活持ってるからさあ」
言いながら店を見回した聡は、寛人に目を止めた。
「寛人? お前また来たの」
「先生こそ、なんでいるの」
「俺は仕事終わった一杯を楽しみにしてなあ。こういう酒の場は子供が来るところじゃない」
だらけた格好ではあるが、生徒を見つけた途端、教師のスイッチが入るのは職業病のようなものだろう。
「俺が声かけてんの。亮二のやつ、仕事遅いらしくて」
「仕事ねえ。学校で保護者が集まる時もほとんど来ないからな」
「まあ、奥さん亡くしてまだ半年だから、家のことも回すの大変だろ」
「そうは言ってもなあ。お前がいつまでも飯作ってやるわけにもいかないだろ。亮二、こっちに顔出さないのか?」
「迎えにはくるんだけどな」
聡は寛人の方へ向き直る。
「なあ、寛人。亮二、ちゃんと家帰って、飯食ってるか」
「……うん」
少し間を置いて、寛人は頷いた。
その不思議な間に、賢吾はひっかかるものを感じたが、特にふれようとはしなかった。
「はあい、つくねハンバーグ定食お待たせ〜」
明るい声で春菜が寛人の夕食に声をかける。
「いただきます」
寛人が宿題を片付けて、ごはんの前に手を合わせると、勢いよくかきこむ。
「もう、ゆっくり食べないと体に悪いわよ」