あかりは、その間も静かでうつむきがちに見えた。心配に思えたが、僕も疲れすぎていたから、別段声をかけたりせずに黙っていた。あかりは妻に似てくれたようで、色白の顔の小さなスタイルの良い子だった。妻の面影は感じるものの、また違う美しさを持っているように僕には思えた。それは若さなのかもしれない。でも、たとえ期間限定であったとしても、この美しさは僕にとってはかけがえないのないものだ。僕みたいな何ももっていない人間にとって、あかりは唯一の光だった。僕の心の暗闇を照らしてくれる光だった。そう思うと僕はいつも胸が苦しくなる。なぜなら僕は彼女に何も差し出せていないからだ。親として家族として。僕は彼女に何かしてやれたことがあっただろうか。僕はこの気持ちを心から追い出すことはできなかった。
「ドロップス。見に行きたい。お父さん、ドロップスしっている?」急にあかりが言い出した。
僕はびっくりしてあかりの方を見た。
「ドロップス?何、それ?」
「おじいちゃんにお別れを言ってないでしょ。今日はドロップスを見るのに良い天気だよ」
僕はあかりが何を言っているのか理解できなかった。あかりはとてもしっかりした子だから、こんなことを言うのは珍しい。
「どういうこと?どうしたいの?」
「だからドロップスを見に、川へ行くの。今日を逃したらしばらくみれないかもしれない。だから、こんな時だけど、どうしても見に行きたいの」
「ねえ、いいでしょ。おとうさん」
僕はあかりの言っていることが一ミリも理解できなかった。それでも、あかりがあんなにまっすぐに僕にお願いをしてくることは今までなかったし、僕も今日は気が張っていてすぐには眠れそうにもなかったから、あかりの言う通り、川まで一緒に行くことにした。もう秋が近かったらからか、外に出て見るとずいぶんと肌寒かった。あかりには実家にあった古いジャンパーを着させて、僕は礼服のまま川まで歩いていった。その日も随分と暗い日だった。月は出ているものの、大気はずっしりと重くて、そこかしこにぴったりと張り付いているように思えた。肌寒さがその暗さを助長している。まるで今日一日を象徴しているような、そんな天気だった。川まで歩いて行く間、僕らは全く話さなかった。話したくないわけではない。僕は彼女に色々と聞かなければいけないことがあるはずだった。それでも、大気の重みがなんとなく会話を億劫にさせてしまう。結果的に僕たちはゆっくりと静かに川まで歩いていった。歩いて五分くらいで川についた。そこは、川辺にベンチがなど置いてあって、ちょっとした公園になっていた。僕の小さな頃は何もなかったはずだ。最近、整備されたのだろう。街灯がぼんやりとした光を地面に落としていた。
「もっとあっちにいかないと見えない」とあかりが言った。あかりが指す方向を見ると橋があった。そこは、僕が以前に通った橋だった。あの光を見た橋だった。
「ほら、ドロップス!」
あかりが嬉しそうに声をあげて、走っていった。