その光を「ドロップス」と呼ぶのだと、教えてくれたのはあかりだった。その日は、父の葬式の帰りだった。とても暑い一日で、でも、夕立が降って夕方からは過ごしやすくなるような、典型的な夏の日だった。
父は静かに息をひきとった。僕もあかりもその場に立ち会うことができた。衰弱しきっていた父の人生の終わりが近づいていることを悟った母は、急にその週末に泊まり込むといいはじめたのだ。そして、そんな母を僕もほっておくことができず、近くにホテルをとってすぐにでも駆けつけるようにあかりと一緒に待機することにしたのだった。そして、母の予感は的中し、僕たちがホテルに着いた途端に母から連絡があり、病室へ向かうと、まさにそのタイミングだった。父はしばらく前からまともに喋ることもできなくなっていた。喉がたんで詰まってしまって呼吸ができないからと喉に管を通していたからだ。だから、最後にお別れの言葉などをかわすことはできなかった。父は眠ったようにそのまま息を引き取った。
僕は、病院からすぐに葬式業者に電話をした。母はしばらく病室でうなだれていたし、こんなこと母にやらせるわけにはいかない。僕がその役目を引き受けないと、そう思った。でも、病院も葬式業者も僕が思った以上にシステム化されているようだった。僕は電話をするだけでよかった。拍子抜けするくらいあっさりと今起きた事実を伝えるだけでよかった。病院と葬式業者が、僕がやらなければいけないことを手短に伝えてくれて、後はすべて手配してくれた。その日は色々とバタバタはしたものの、手際よく通夜が行われ、告別式が行われた。喪主は僕が担当した。父は蒲田で生まれ、死を迎えたこの時まで一度も蒲田を出たことがない。そういったこともあってか、通夜にはたくさんの人が出席してくれた。
あかりは葬式の間中ずっと静かだった。父のことを慕っているように僕は感じていたから、すこしは感情的になるかと思っていたが、そんな素振りは微塵もみせなかった。比較的おとなしい子ではあるが、それでもちょっと気になった僕は、葬式がひと段落して食事をとっている時に聞いてみた。
「どうかした?」
「べつに」
「おじいちゃんにはお別れを言ったの?」
「言う必要ないから言わない」
不機嫌というわけでもなさそうだったが、何かが心に引っかかっているように見えた。もしかしたら妻のことを思い出しているのかもしれない。そう思った。
一通り葬式が終わり、僕たちは実家へ帰ってきた。母をなんだか一人にさせられなくて、僕とあかりもその日は泊まることにしたのだ。病院では何度も母とは顔を合わせていたが、実家へ戻ってくるのは随分と久しぶりだった。久々に帰ってきた実家はとても小さく狭くみえた。全体的にがらんとしていて、すこし寂れているように感じた。小さな頃に感じていた暖かさは感じず、かわりに空虚さの方が目立っているように感じた。母は何かと気を使ってくれるようなそぶりをみせたが、僕はそれを受け止めつつも、母に休むように促した。母はこういった時こそ毅然としたいタイプの人だ。ずっと気を張っていたに違いない。そう思うとなんだかもの悲しさを感じた。母は自然と無理をしてしまう。たとえ息子であっても気を使ってしまうのだ。そうすることで自分を保っているのかもしれない。無理をすることで自分の輪郭を再確認しているのかもしれない。僕はそんな母のことを嫌いになれない。僕が見てきた母はいつも無理をする母だ。でも、こんな時に無理をさせるわけにはいかない。帰ってきてから母はずっと私とあかりに声をかけ、何かと気を使ってくれようとしていた。それでも僕は、しつこく母に休むように促し、最終的には母もしぶしぶと、寝室へと入っていった。