「ごめん。こっちは思い出せなくて」
「ううん。変わったでしょ、あたし。これだもんねぇ」
と、なっちゃんは丸々としたおなかを両手でなでる。
「何か月?」
「八か月」
「じゃあ、もうすぐ?」
「もうすぐかな。最近太ってきちゃって、散歩してたところ。まさかこんな出会いがあるとは」
と、なおも幸せそうにおなかをなでる。
「おめでとう」
「ありがとう」
「だんなさん、どんな人?」
一瞬なっちゃんは眉間にしわを寄せるような表情を見せたが、すぐに笑顔になって「サラリーマン」とこたえた。
「じゃあ、俺と一緒だ」
「サラリーマンなんだ、守くんも」
「営業やってます」
と、守は財布から会社の名刺を出した。
「『ペガサスビール』……。へぇ、ビール会社?」
守はなっちゃんに説明した。蒲田で一人暮らししている父が怪我で入院したこと。見舞いに来るために北海道から飛行機で飛んできたこと。なっちゃんは守が小学校一年生の時に両親が離婚したことなど、まるで知らなかった。それもそのはず、なっちゃんとは幼稚園と小学校のほんの数年を共にしただけで、互いの住所も電話番号も知らぬまま別れたのだから。
なっちゃんがクリームソーダを飲み干すと、守たちは互いのLINEを交換して別れた。LINE。こんな時は便利だと思う。これがあれば北海道だろうが連絡は可能だ。長い間途切れていた糸がまたつながったような、守はなっちゃんとまた一本の線で結ばれたような、そんな気持ちになる。
家に帰ると庭の雑草が伸び放題だった。一本だけ大きく茂った芙蓉の木に守は目をやった。そういえば母は、この花を大事にしていたっけ。夏に大きく薄紅色の花が咲くと「庭がにぎやかになる」とうれしそうだった。
「守ちゃん?」
声に振り向くと、白髪頭のお婆さんが杖を手に立ち止まっている。よく見ると隣の家に住む木下のおばちゃんだ。木下さんは眼鏡を上げ下げしながら、
「やっぱりそうだ。こんなに立派になって!」
「ご無沙汰してます」
「ああ、驚いた。どこのイケメンかと思ったよ」
木下さんは大儀そうに杖をついて庭にまで入ってくる。
「それにしても、大変だったねぇ、お父さん」
「その節は色々と……」
「お父さんね、この辺にこう、バッタリと倒れてたの」
と、木下さんは父が倒れた真似をする。