そう声をかけられたのは、アーケードの商店街をくぐった矢先のことだった。振り向くとおなかのふくれ上がった妊婦が立っている。
「やっぱり守くんだ!」
妊婦は守の手をとり、上下左右に振って嬉々としている。
「あたし、小野寺なつみ。覚えてる?」
なつみ……なつみ……。まさかあのなっちゃんか?
なっちゃんは、守の初恋の相手だ。
守は今でも鮮明に覚えていることがある。あれは東京に初めて雪が降った冬の日、両親の離婚が決まり、守が転校する日も近づいていた時のこと。
学校の帰り道、守たちはいつもの通り公園に寄り道をした。別に何をするわけでもない。ブランコやすべり台の辺りをうろうろして、交わす言葉があるわけでもなかった。ただその日の公園はいつもとは違っていた。白銀の世界というには大げさだけど、遊具もベンチも雪化粧をして、静寂な美しさがあった。しかし守たちは一瞬にしてそれを台無しにした。そこらじゅうを駆け回り、雪玉を作っては投げ合い、気がつけば遊ぶことで夢中になっていた。
刻一刻と時間が迫っていることを、守は白い息を吐きながら感じていた。転校する前にどうしてもなっちゃんに告白したい、好きだって気持ちを伝えたかった。でも小学校一年生の守にはどうしたらいいのか、なっちゃんを雪の上に倒しキスでもすればよいのか、あとからあとから舞い落ちる雪を、守はただ黙って見つめるほかなかった。
「これ、守くんにあげる」
見ると、なっちゃんは両手にハートを型どった雪を差し出した。
「あたしの気持ち」
そう言って、なっちゃんは雪が壊れないようにそっと守の両手にのせた。なぜだか理由はわからない。次の瞬間、守は走っていた。ありがとうの礼も言わず、ただひたすら全力疾走で家まで走り続けた。
そこで記憶はプツンと、糸が切れたように途切れている。守はそのハートの雪を溶かせたくなかったのだろう。何とも小学生らしい発想だが、家の冷蔵庫の冷凍室に入れ、永久保存しようと思ったにちがいない。おかげで肝心な告白はすっかり忘れてしまっていた。
あれから長い年月が過ぎた。しかし今、あのなっちゃんが目の前にいるかと思うと、少なくとも守はこの街に帰ってきた意味を見い出せたような、そんな気持ちにもなる。
守となっちゃんは近くの喫茶店に入った。二十年という年月が嘘のように二人はすぐにしゃべり出した。
「すぐに分かったよ、守くんだって」