ホールロックの機械部分に覆い被さるようにして、水色のYシャツの腕をまくった常田進が、両手を小刻みに動かしている。今年60歳になる進の8割がた白髪になった柔らかそうな髪が、癖でふんわりとカールしている。ふっくらした四角い顔と奥二重の目には愛嬌があり、容易に子どもの頃の顔を想像させる。笑っているときでさえキュッと一文字に結んでいる口は、どこかはにかんだような表情にも見えるが、表情を曖昧にもしており、わずかに怒っているようにも見える。しかしながら、大柄な進がジッと背中を丸めている様子は、寝起きの猫を思わせる。
お父さん、昨年新居浜で会ったときよりも少し痩せたみたい。
進の背中を眺めながら、繭子はそう思った。
いずれの窓からも、部屋の奥が全てガラス棚になっているのが見える。中に丸型や四角型の、様々な大きさの置き時計がいくつも飾ってある。繭子の家は1階で時計の修理屋を営んでいる。
繭子が玄関のチャイムを鳴らすのと同時に、ボーン、と家の中で大きな柱時計が鳴った。鍵を開けて店に入ると、進も時計から顔を上げた。大きく伸びをしながら、おっとりと微笑む。
「やあ、繭子、お帰り」
「ただいま」
「飛行機に乗る前に電話をくれれば、羽田までトラックで迎えに行ったのに」
「電話したのよ」
繭子は店から少し奥まっているリビングに入った。椅子に手を掛けながら、片手でストールを外す。進は携帯の画面を見ると、驚いたように額に手をあてた。
「本当だ。いやあ、悪いことをしたな」
修理に夢中になっていて気付かなかったようだ。そもそも、繭子が今日帰ってくることさえ忘れていた可能性がある。昔からよくあることだ。
「それより、駅前はずいぶん変わったね。ここは知らない町なんじゃないかって思う瞬間が、何度かあったよ」
「迷わずに帰ってこれたかい?」
「大丈夫」
繭子が笑うと、進も照れくさそうに笑った。
進がコーヒーを淹れてくれている間、繭子は2階に上がった。成人しても変わらず「子ども部屋」と呼ばれる繭子の部屋は、南向きの大きな窓の両端に淡いピンクのカーテンが寄せられて、柔らかい光が差し込んでいた。窓を開けると、沈丁花の香りが流れ込んでくる。道を挟んで正面の家の屋根は変わらず深い緑色だ。雨どいが途中で外れて少しずれ、そこにコケが生え、小さなスミレが咲いている。左側には、2階建ての木造アパートのベージュの壁が見える。何もかも5年前のままだ。窓の外も中も。
とはいえ部屋にはベッドと机の他に何があるわけではない。クローゼットを開くと、掛け布団や枕、白いシーツ類がクリーニング店の透明な袋に包まれている。その横にスーツケースを置いて、コートをクローゼットに掛ける。