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国際短編映画祭につながる 短編小説「公募」「創作」プロジェクト 奇想天外 BOOK SHORTS

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『彼方の道』本間文子

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 常田(ときた)繭子が育った蒲田というのは不思議な町で、東急蒲田駅と京急蒲田駅をつなぐ1kmほどの区間を中心に、何らかの拍子に道が1本増えると昔から言われている。
 通り慣れた道がまれに、ここではない街角や見たこともない風景につながることがあるそうだ。それは過去と現在と未来が、ふと混在する瞬間でもある。

 羽田空港から乗ってきたバスを蒲田駅前で降りたとき、繭子はふとその都市伝説を思い出した。別に信じているわけではないが、懐かしい。
 大学を出て愛媛県新居浜市に就職した繭子が、東京都大田区の実家に帰るのは5年ぶりだ。片道4時間ほどかけて帰っても、春分の日を挟んだ3日間しか居られないが、春彼岸のうちに墓参りをしたかった。
 紺色のスーツケースを引きながら駅ビルのエスカレーターを上り、ちょうど反対側に位置する西口に向かう。駅ビルの中も駅前も、たった5年のうちに新しい店や建物が増えた。懐かしい風景の糸を辿るように繭子は実家に向かう。
 平日の午後だ。たいていの会社は昼休みが終わり、夕食の買い物には少し早い。まだ駅前に人はさほど多くはないが、スーツ姿の男性たちの間に、明るい色のスプリングコートを着ている女性が目立つ。繭子も首に水色のストールを巻いて、淡いピンクのトレンチコートを着ている。東急蒲田駅の西口を出ると、まだ冷たい風が、ショートボブの髪を乱暴に巻き上げた。
 実家は駅の西側に6分ほど歩く。ロータリー側の信号を渡って駅を背にまっすぐ進み、商店街に入る。お菓子屋の店頭に積まれている大量のチョコレートに後ろ髪を引かれながら、3つ目の細い十字路を左に曲がる。繭子が子どもの頃からあるお惣菜屋の角を左に曲がると、幅10mほどの細い道が、住宅の間をまっすぐ通っている。この道はアスファルトの表面は緩やかな凹凸になっていて、雨が降ると必ず水溜りができる。道の突き当りには、築40年は経過していると見える2階建ての木造アパートがある。
 アパートの前はT字路になっている。右に曲がると2件目の右側に、繭子の実家がある。白くて細長い、2階建ての建物だ。柵はなく、代わりに大人の腰ほどの高さの植木が建物を囲んでいる。門の代わりに胸の高さほどの沈丁花が2つ植えられていて、その間を建物に向かって3つ、正方形の飛び石が置かれている。飛び石の先に木製のドアがある。
 建物の1階の壁には、幅2mほどの縦長の窓が3つあり、白い壁と窓とで縦縞のように見える。窓の奥は昼間でも照明がついている。断片的にではあるが、窓から建物の中がよく見える。
 玄関から1つ目の窓からは、卓上スタンドのある作業机の上に、様々な細さのピンセットやスクリュードライバーなどの工具が広がっている。また、作業机の横には小さな棚があり、中には小指の先ほどの様々な部品が仕舞われている。2つ目の窓の中は、掃除の行き届いた床に、つややかな木製の細長い箱が置かれている。箱はガラスのフタが開いていて、中に2つほど金属の錘がある。3つ目の窓から、それがホールロックという長方形のゼンマイ式置時計であることが分かる。童謡の歌詞に出てくる「大きなのっぽの古時計」だ。

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