欽治は自然と声を張り上げていた。こんな風に気持ちを抑えられない状態なんて、これまで味わったことはないかもしれない。
「こっちがおじい便なら、あっちはおばあ弁だな。注文が入ったらおじい便出動よ。配達込みで一律五百円。堀内まで取りに来るなら四百円だ。これまた一人暮らしで栄養が偏りがちな社会人、自炊が難しい老人や小さい子どものいる主婦に利用してもらえるだろうな」
おばあ弁という新たな可能性ができ、今後さらにおじい便も増えていくだろう。あしたもきっと配達がある。そう思うとあのひとりきりの家に帰るのが以前より怖くなくなった。
きょうの配達を終え、昭夫と商店街の真ん中で「じゃあ、またあしたな」と手をふった。すると「おい、欽治!」中学生のときと変わらない声量で昭夫は叫んだ。
「あしたの夜、うちで特製おばあ弁食ってけよ!」
いや、むしろ長年の酒とタバコでしゃがれてしまったいまの声の方が変に響いている。中学生のころ、気恥ずかしくて「了解」と答えるのがやっとだった。いつもこうして気にかけてくれていた昭夫は、いまもちっとも変わらない。「ありがとう」という言葉が胸に込み上げてきたけれど、そんな返しは野暮ったい。
欽治はシワが増えた親指を昭夫に向けて立てた。それを認めた昭夫も親指で応えると、それぞれ南側と北側に老人とは思えない速さで歩いて帰っていった。