何やら拍子抜けする思いだったが、いやいや、そんな場合じゃないんだってば、と、そこで再びカヤコは我に返った。自分もさっさと用事を済ませなければ。
しかし、歩き出そうとしたカヤコの耳に、またもや誰かの呼ぶ声が聞こえた。
「ママ?」
かぼそい声に振り向くと、そこにいたのは幼稚園児くらいの女の子だった。泣くのをこらえているような表情できょろきょろしている。迷子だろうか。
「どうしたの?お母さんは?」
「いなくなっちゃったの。わんちゃんの風船見てたらいなかったの。サーちゃん、風船作ってほしかったの。一人で歩いちゃだめって、ママ言ってたのに」
犬の風船を作ってもらうというのは、バルーンアートのことだろうか。どこかの店のイベントか何かで、そこに行こうとして母親から離れてしまったということなのか。
「それ、どっちのほうかわかる?」
おそらく今頃、母親も大慌てだろう。売り場を探すのがいいのか、行き違いになっても困るし、このまま一緒にインフォメーションカウンターに行ったほうがいいかとカヤコが考えた時、女の子は言った。
「トイレ」
「えっ?」
カヤコは慌てる。
「トイレ行きたい?今すぐ?」
慌てながらも、これはトイレ最優先だと素早く決断を下す。子供は待ったなしだからねぇ、と思ったのは、同じ年頃の姪っ子がいるからである。兄の娘が5歳になるが、生まれた時から、よく行き来があって、「カヤちゃん、カヤちゃん」となついてくれているのだ。その姪っ子の姿と目の前の女の子が、何となく重なるようでもあった。
トイレの場所はわかっている。
「わかった、トイレすぐそこだから、もうちょっとだけ我慢してね。抱っこしようか?」
「だいじょうぶ」
女の子の手を引いて、カヤコはトイレに急ぐ。幸いにもトイレは、並ぶほどには混んでいなかった。一人で用は足せるという女の子を個室に入らせて、カヤコは安堵のため息をついた。
手袋の落し物を届けるだけの道のりが、思いのほか遠い。早く任務遂行しなければ、と思うカヤコは、さらにこれ以上の何かが起きるとは、まだ思っていなかった。
出て来た女の子に手を洗うよう促し、
「届くかな?」
と様子を伺いながら、ハンカチを貸そうかとバッグを探ったカヤコは
「えっ」
と声を上げてしまった。何これ、濡れてる?とっさに先ほどの手袋を取り出し、さらに中を探る。原因はすぐに知れた。たいていいつも持ち歩いているペットボトルの水だ。冷たい飲み物は苦手なこともあって、常温の小さめのペットボトルを持ち歩いていたのだが、そのキャップが少しゆるんでいたらしい。いまいましく思いながら、取り出してキャップを閉めなおし、とりあえずはスマートフォンの無事を確認する。さいわいそれほどの量の水がこぼれ出たわけではなさそうだ。が、それなのに
「あぁー」