「やだ、私、人の手袋、勝手に持って来ちゃったってこと?」
しかも両方を見比べてみると、よく似てはいるものの、今カヤコの手にしているほうが、何だか叔母の手袋よりも柔らかそうで形もスマートに見える。持ち主が今にも探しに来ていそうに思えて、カヤコは焦った。
「どうしよう。元の場所に戻して来る?」
「やっぱり、紅茶屋さんのとこだった?でも、また置いて来るっていうのもねぇ。あ、サービスカウンターとかに届けたらいいんじゃない?どこだっけ」
「そうか。そうだね。私預けて来るから、もう叔母さん行っていいよ。そろそろ時間でしょ?」
やはり少々焦り気味の叔母に、カヤコは言う。自分が持って来てしまった物への責任感のようなものも湧いていた。
「まだ少しくらい大丈夫」
「いいよ、手袋届けるくらい。落ちてた場所とかも、私、説明できるから」
叔母は一瞬躊躇したが、やはり待ち合わせ時間が迫っていることも気になったらしい。
「ごめんね!カヤちゃん。助かる。じゃあお願いしていいかな。ありがとうね。後でまた連絡するね」
と、しきりに振り返って詫びながらも、急ぎ足で立ち去って行った。
見送ったカヤコは、さて、と出入り口の脇にあるフロア案内図を確認する。フロアの中ほどにインフォメーションカウンターがあるようだ。カヤコは早速そちらに足を向けようとした。
「ちょっと、すみません」
その時、近くから声がした。呼ばれているのは自分だろうかと視線をさまよわせると、年配の男性がカヤコを見ている。
「はい?」
「できれば、ちょっと教えていただきたいんですが」
カヤコの祖父ほどの年齢にも見えるが、ジャケット姿にきれいな色のマフラーを巻いたお洒落な紳士である。とりあえず、手袋はバッグに入れて向き直る。
「そこでコーヒーを飲みたいと思っているんですが」
と、男性が示したのは、入り口脇にある有名なコーヒーチェーンショップだった。混雑というほどではないが、今もカウンターにはコーヒーを買おうとする人たちが並んでいる。店内はもちろん、外にもテーブルと椅子が置かれていて、天気が良い日はそこで一休みするのも心地よさそうな場所だ。
「はい?」
それが何か?と、きょとんとする。
「私が飲みたいのはごく普通のコーヒーなんですが、一体どれを買えばいいんでしょう。こんなことお尋ねするのも何ですが、名前の意味がよくわからないんですよねぇ。それに、ショートとかトールとかいうのは何ですか?」
面食らうものの、カヤコは律儀に返事をしてしまった。