「お仕事中すみません。ル・ポールに買い物に行って来たんだけれど、あの手袋、片方落としちゃったみたいなの。もし時間に余裕があったら、落し物で届いてないか確認してもらえないでしょうか。ごめんなさいね」
どうか見つかってくれますように。念じながらサチコは、携帯電話をたたんだ。
*
「あらっ、手袋がない」
叔母が騒ぎ出したのは、用事を済ませて帰ろうとした時である。
カヤコは、今日は叔母の買い物に付き合ってル・ポールに来ていた。叔母が、50の手習いで始めたというピアノの先生に、日ごろお世話になっているお礼をかねて誕生日のプレゼントを贈りたいと言う。その先生は20代半ばの女性だということで、同年代のカヤコに、一緒に品物を見立ててくれないかと叔母からの応援要請があったのだ。
普段の先生の様子など聞きながら、あれやこれやと協議の結果、小ぶりのフラワーベースを選んだ。その後、お礼にと約束してくれていたランチをしっかりご馳走になり、さらにいくつかの店を回って、このあとは知人との待ち合わせがあるという叔母と、そろそろ別れようかという時間になった。そして出入り口まで来たところで、叔母は手袋が片方ないのに気づいたらしい。
「手袋?そんなのしてたっけ?」
「ここに着くまではめてたのよ。中に入ってすぐ外して、バッグに入れたんだけど。やだ、いつ落としたのかな」
「お財布出したりした時に、落としちゃったんじゃないの?あ、トイレとか?」
一瞬考え込んだ叔母が
「今、最後に買い物したあそこかも。ほら、紅茶屋さん。お店出たところにソファがあって、ちょっと荷物整理したじゃない。バッグに入れてた物も出したりしたし、あそこかもしれない」
「あぁ、細かい買い物とか、何かいろいろ出したりしてたもんね。どんな手袋?」
叔母が、これ、と見せたのは、明るめのこげ茶の皮の手袋だ。
「私、ちょっと見て来るよ。私のほうが早いから」
カヤコは、つい今しがた買い物した紅茶専門店まで小走りに向かった。叔母の記憶には内心あまり期待していなかったのだけれども、意外なことに手袋はすんなり見つかった。ただ、荷物を整理したソファとは2メートルほど離れた、観葉植物の鉢の脇に落ちていた。手袋、手袋と思っていなければ見過ごしてしまっていたかもしれない。誰かにうっかり蹴飛ばされて移動しちゃったのかな、と拾い上げた手袋は、幸い特に汚れてもいなかった。
ホッとしながらカヤコは、また小走りに戻る。叔母の姿が見えて来たと思ったら、最前よりも慌てた様子で、叔母はしきりにこちらを伺っていた。
「カヤちゃん、ごめん!」
待ちかねたように叔母が手を合わせる。
「手袋あったのよ。片方だけ、買い物した袋のほうに入れちゃってたよ。ごめん!」
「えっ?うそー」
何という人騒がせだろう。