取りつく島もなかった。それを見た小春が真田に対抗するように、平山を呼び寄せ、そのまま平山は親子に教わりながら練習時間を終えた。彼女たちとは距離が近くなった気がしたが、真田とは離れてしまったように感じた。
最後に次の練習日の確認をし、解散となった。
結局、高橋からの折り返しはなかった。桃井は『全員が揃っていないとダメ』と言っていた。何としても次回の練習にいてもらわなければ困る。
平山は帰宅する前に、高橋の自宅へ向かった。
蒲田小学校近くの一軒家が高橋の自宅であった。
玄関先に人がいるのが見えたので、思わず電柱に身を隠した。顔を出し、様子を窺う。
高橋とスーツ姿の男が話をしている。高橋は非常に困っているように見えた。こんな時間にセールスだろうか。玄関から部屋着姿の男も出て来た。高橋の夫だろう。腕を組んで、とても気難しそうだ。
スーツ姿の男は夫にも何かを説明した。それが終わると夫が高橋を見た。
高橋は無言で首を横に振った。
すると、スーツ姿の男が地面に膝をつけ、頭を下げた。高橋と夫が慌ててしゃがんだ。だが、その男はまだ頭を下げている。
高橋が何かを言って、首を縦に振った。
すると、男は頭を上げ、高橋と夫の手を取って強く握って、立ち上がった。
男は何度か仰々しく頷いてから、二人を握った手を離し、一礼をして踵を返した。
太田垣だった。太田垣は満足そうに去って行った。
無責任に平山に全てを背負わせていると思っていただけに、太田垣の行動に驚き、そう思っていた自分が恥ずかしかった。明日、どんな顔をすれば良いか迷っていると、平山の携帯電話が鳴った。高橋からだ。玄関先に姿は見えないので、中に入ったようだ。
「はい、平山です」
「遅くにすみません。高橋です。今日は、ごめんなさい。……次回、参加させてもらっても良いでしょうか?」
「もちろんです!」
翌朝、平山は太田垣に昨日の練習を高橋の欠席と復帰まで含めて報告した。太田垣からは「引き続き、頼むよ」とだけだったので、平山も何も言わなかった。ただ平山は、ニヤケていたらしく、不審がられた。
そして、三回目の練習日。
見事に全員が集合した。
高橋は欠席を謝り、これから頑張ることを伝えた。今日まで自主練に励んだらしい。平山も事務所で仕事中に、体を動かしてしまうくらい夢中になった。
「みんなでやって」
桃井の合図で初めて全員で踊ることになった。
メンバーの立ち位置は、五人が横並びとなり、舞台に向かって左から平山、樹里亜、小春、真田、高橋の順番となるように指示をされた。『KAMATA55』のセンターは小学一年生となったわけだ。この事に平山は一瞬、くらっとなったが、桃井の指示は絶対だ。
真田は明らかに不服そうだったが、桃井は取り合うこともなく始めた。
踊りは横一列のままで移動はない。だから、自分の動きだけに注意すれば良いはずだ。だが、平山は横の樹里亜にぶつかってしまったり、樹里亜からもぶつけられたりと簡単にはいかなかった。
どうにか踊りきり、桃井の言葉を待つ。
「動画を見よう」
撮影した踊りを一同で確認をした。
平山の見る限り、やはり真田は圧倒的に上手かった。だが、桃井が選んだセンターの小春は一味違っていた。上手い訳ではない。小さいのに、大きく見えた。そして、何より、小春は楽しそうだった。意外にも、高橋は遅れやズレはあるが、気迫めいたものを感じたし、樹里亜も隣の小春を支える母性が滲み出ているように見えた。平山自身は、一番ぎこちなくて、そこだけモザイクをかけたかった。