「ひょっとして、これ、二周してない?」
「ああ、そうかも。二周だね」
頭を付け合わせて携帯を覗いていた二人は、顔を見合わせて笑った。
痴呆が進んでしまった明日香のおばあちゃんが、家を抜け出して街中を徘徊しているというのに、こんな風に笑っていられるのも、商店街のみんなの協力があるからだ。おばあちゃんを見かけた人が、心配して明日香にメールで連絡をくれる。それを追っていくと、おばあちゃんが今どうしているかが、リアルタイムでわかる。GPS並みの精度だ。
「ばあちゃん、おうちに帰ろ」
明日香はバックからショールを取り出すと、薄着のままのおばあちゃんの肩にかけてあげた。
「あら、あら、すまないね、澄子さん」
佐知子が目配せをしてきたので、明日香は頭を掻いた。
記憶が混濁をしているおばあちゃんは、孫娘の明日香のことを、明日香の母親の澄子だと思い込んでいる。それはそれでいい。亡くなってしまった母親の名前で呼ばれることには、もう慣れっこになった。でも、人前でこれをやられると、何とも居心地が悪くなる。
明日香は、「澄子さん」を連発するおばあちゃんを抱きかかえるようにして、そそくさとその場を立ち去った。
9時を過ぎた夜の公園にひと気はなかった。
「遅い!」
ベンチにどっしりと腰かけている明日香の前に、呼び出しメールで集合をかけられた二人の若者が立たされていた。二人は何か言い訳めいたことを口にしていたが、傍から見ると、ベンチで監督に怒られている高校野球の選手のようであった。二人ともチン助と同じように、親分肌の明日香とは小学校以来の付き合いだ。
「かずまさがな、私の父上がな、帰って来るんだと」
明日香の吐き捨てるような言葉に、「あ、ああ」と半端な声を上げながら、二人の男子は顔を見合わせた。
「あ、何だお前ら、なぜ驚かないんだ。さては、何か知っているな。どうなんだ、テツ」
「い、いやあ。うちの親父がそんなことを言っていたような気が……」
酒屋の息子の哲雄が首筋をさすりながら、「なあ、シンちゃん」と横を向いて助けを求めた。
「シンヤくん。説明してください」
丁寧な言葉遣いになった明日香は怖い。呉服店のひとり息子の真哉は眼鏡をずり上げると、要領を得ない説明をした。
「何か商店会でね、イベントがどうのこうのとか、50周年がどうだとか、そんなことを言っていたよね、哲雄くん」
「商店会? イベント? ああ、さては、商店会のオヤジたちが、かずまさを呼び寄せたんだな。お前ら、跡取り息子だろ。オヤジたちが何を企んでいるのか、もっと詳しく知らないのかよ。なあ、テツ」
「え? 知らねえよ。何も聞かされてないもん。オレたち、相手にされてないからさ。こっちが何かアイデア出したって、聞いてくれないし。……うちの親父はね、オレに後を継がせる気なんてないんだよ。ふた言目には俺の代で店もおしまいって、こっちだって継ぎたかねえよって言いたくなるよな」
哲雄が怒ったようにそう言うと、真哉もうんうんと頷いた。
「情けない二代目だな」
「いや、オレ三代目だから」