昼下がりから小雨がぱらついていて、夕方にかけて本降りになる予報だった。ここのところ、みぞれまじりの雨が続いていてとにかく冷える。スピードを上げるとなんだか寒さもひどくなるような気がする。高速に乗るのをためらい、一般道でゆっくりいこうと考える。
田舎町のホームセンターやショッピングモールはとにかくだだっ広い。駐車場も広くて、大人でも簡単に迷子になる。車もひっきりなしに出たり入ったりしているので、とりあえず空いているところに車を停める。なかなか見つけられないかと思っていたが、ちょうど目についたモールの入口からカッパ姿の姉がこちらに向かってくるのが見えた。
荷物を手伝うために車を降りようとしたが、姉は手を振って「いいよいいよ」と合図をよこす。脱いだかっぱを乱暴に丸めてトランクに投げ込み、リュックを背にしたまま助手席に滑り込んできた。
「荷物それだけ?」
「二泊だから、こんなもんでしょ」
勉強道具の類がなさそうなのは、姉らしい気がする。
「下道で行こうかと思ってんだけど」
「いいんじゃない。別に急いでないし」といって、自分の車みたいに迷わずカーラジオをつける。
「CDもあるよ」
「うん。でもラジオでしょ」
なにが、「でも」なのかはわからないが、車内の空気を暖めるにはラジオの曖昧さがいいのかもしれない。
車を走らせてからしばらく運転に集中していると、姉が思い出したように「お世話になります」といった。リュックから紙袋に入った菓子折りまで取り出そうとしたので「あとでいいよ」と少し笑った。
「何学科うけんの?」
「人間生活学科」
「え?」聞き間違いか。
「人間の生活」
僕が知らないだけで、そういう学科があるのだ。
「つまり、家庭の哲学」と姉はつづける。
「家庭の医学なら聞いたことあるけど」
「哲学ともなると、大学で教えるようになるんだわ」
姉は去年、離婚した。六年前に僕が就職を決めた直後に姉は結婚を決め、家族内では僕の就職祝いがうやむやになりかけた。昔から奔放な性格だったから、急な結婚も離婚もさほど驚かなかった。
「どうして大学なんて」と聞いてみる。気だるそうに雨空を眺める姉の姿は、試験前日の受験生には見えない。
「きっかけはたいしたことないよ」といって、姉は話を勝手に切り上げる。
両親は、きっと別れた旦那が女子大生と不倫していたのだとか、頭がおかしくなったとか初めはひどいことをいっていたが、そのうち受験が本気なのを知ると、宝くじを拾ったみたいに淡い期待とほったらかしとをないまぜにするようになった。
姉の受験は家族の中にちょっとした目的意識を芽生えさせたのだった。でも目指す目的地がどこなのかがよくわからない。わからないので、「おまえ聞いてみろ」という父からの指令もあった。姉からは「仕事に役立つから」というもっともらしい理由を掲げられているそうなのだが。
姉は受験勉強のかたわら仕事もつづけている。美術系の専門学校を卒業したあと、実家から自転車で十分ほど走ったところにある衣類メーカーに入社し、それからずっと子供用の靴下のデザインをしている。奇抜なカラーリングで子供受けするとは思えない幾何学模様の靴下がなぜか好評なのだ。店頭に並んでいるウサギやクマさんの類と比べるとその違いに驚くのだが、実際に履いている子供たちを見ると、これがなかなか可愛らしく見えるのだった。結婚を機にフリーのデザイナーになったあとは、子供用の雑貨や服を紹介する有名な雑誌でも特集が組まれ、姉の写真も何度か掲載された。父からの電話でも話題にのぼることがあった。