だがそんな写真の中に、ただ一箇所だけ、色のある部分があった。
モデル女性の口元。そこだけは、まるで現代のものであるかのように錯覚させられるほど、鮮烈な赤色で塗られている。
「この赤い唇……口紅で塗ったのね」
驚いた愛美がそう言うと、おじさんがゆっくりと頷いた。
「ああ、そうなんだ。これは、モデルだった孝太郎さんの奥さん――順子(じゅんこ)さん――が写った、宣伝ポスターなんだよ。ここの観覧車は今まで何回か改装されたんだけど、とっくに使われなくなった古いポスターが、なぜか一枚だけ、ここの座席の裏に残っててね……。それを知った孝太郎さんが、奥さんの写真がどんどん色褪せていくのが偲びないってことで、毎日ここにやって来てはその唇に奥さんの形見の口紅で紅をさしていた――という訳なんだ」
「そうだったのか……」「へえ……」
二人は、揃って俯いた。
コータローじいさんの行動を疑っていた自分たちが、恥ずかしくなったのだ。
「コータロー、ごめん……」
和希が、咽喉から声を絞り出すように呟いた。
「あんまり毎日通って来るもんだから、俺も閉園前のちょっとの時間だったら無料(タダ)で乗せてあげるよ、って言ったんだ。……さあ、もういいだろ? おじさんもそろそろ帰らなきゃいけないんだ。ゴンドラから出てくれ」
「はい……ありがとうございました」
背中を丸め、重い足取りで二人がエレベータの前に立ったそのときだった。愛美が、急に明るい声で言ったのだ。
「ねえ、マッツー。こういうのは、どう?」
「ん? なんだよ、コケマ」
何かの企みを含んだ、そんな笑みを浮かべながら和希の耳元に口を寄せた愛美が、ごにょごにょとやる。
と同時に、和希の表情がパッと明るくなった。
「おお。それいいな! やろう、やろう!」
二人は、意気揚々としてエレベーターに乗り込んだのだった。
☆
次の日の、お昼どき。
今は止んだものの、朝からしっとりと雨が降っていたこともあり、気温はやや涼しめだった。だが、和希と愛美、この二人の行動はそんな天候ごときには影響されないのである。やはり、その姿は商店街にあった。
今日の二人は、昨日と同じ徒歩だった。トレードマークの赤い自転車は見当たらない。
そんな二人を見かけた孝太郎が、いつものように声を掛ける。
「おお、マッツーとコケマ。今日も公園で遊ぶんじゃろ?」
「ごめん、コータロー。今日は公園に行けないんだ」
「なんじゃと? 今日は、遊べないのか?」
「ごめんね、コータロー。またね!」