孝太郎は、「なんじゃよ、冷たい奴らじゃなー」と呟きながら、寂し気に二人の背中を見送った。
夕方になった。
午後からの陽射しで、じとじとと汗の吹き出すほどの蒸暑さとなった、五時半過ぎ。和希と愛美は、屋上遊園地にいた。特設ステージの柱の陰である。
五時四十五分になり、ルーチン作業のように今日も姿を現した孝太郎。片手をズボンのポケットに突っ込み、アロハシャツを風になびかせてエレベーターから降りた孝太郎が、はっとして立ち止まる。
「こ、これは一体……」
屋上遊園地のそこかしこに貼られた、カラーのポスター。
それは、数十年前に作成された宣伝ポスターの復刻版ともいうべきものだった。カラフルな観覧車の前で少しはにかんだ美人モデルが、現実感を伴って見る人の目を奪う。
「じゅ、順子がいっぱい!」
若い頃やっていた草野球を思い出したかのような、そんな動き。
跳び上がるようにスキップを踏んで西日のきつい屋上の真ん中へと進んだ孝太郎が、天に向かって叫ぶ。
「おい、天国から見えるか順子よ。美しいお前の姿でここがいっぱいになったぞ! うれしいなあ、うれしいなあ!」
子どものようにはしゃぐ孝太郎。
和希と愛美が、その傍にいつの間にやら寄り添っていた。
「よかったな、コータロー。これ、俺たちからのプレゼントだよ。いつも公園で面白い遊びを教えてもらってる、お礼さ」
「KOMOTO園の園長さんに、あのポスターの原本みたいなのが残ってないか相談してみたの。そしたら、まだちゃんと色も付いてるのが倉庫の奥に一枚だけあって……。これをまた宣伝に使っていただけませんかとお願いしたら、『うん、いいね』ってことになって」
「だってほら、このポスターって逆に今だからカッコいいって感じがするだろ?」
「そうか、そうじゃったか……」
孝太郎が右腕を左右に揺らして、涙を拭った。
そのとき鳴りだしたのは閉園時間を知らせる“蛍の光”。
「とりあえず今日は園内にたくさん貼ってもらったの。これでコータローが口紅を使わなくても、奥さんは綺麗なままでしょ?」
「ああ、ああ。そうじゃな……」
「さあ、残りの時間は俺たちの貸し切りだ。今日、特別に園長さんから許可を貰ったからさ……。あとは思う存分楽しんでくれ、コータロー!」
残りの時間を有効に使おうと、和希と愛美は観覧車へとまっしぐら。
そこには、今日のヒーローとヒロインを「いらっしゃいませ」とにこやかに出迎える運転係のおじさんの姿があった。
「これだから人生はやめられない……。順子、そっちに行くのはまだもうしばらく先になりそうじゃ」
その表情にいつもの明るさを取り戻した孝太郎。
“蛍の光”の鳴り響く園内から一番星の輝きだした天空に向かって両手を広げると、それをぎゅっと強く抱きしめたのだった。