自慢げに、手足そして腰までもしなやかに動かして調子に乗るじいさんを半ば呆れ顔で見遣りながら、愛美が和希の耳元で囁いた。
「もちろん、今日は“歩き”で来たんでしょうね?」
「昨日立てた作戦の通り、音がしないスニーカーで歩いて来たよ」
「そう……。なら、いいわ」
どうやら徒歩で音もなく孝太郎を尾行する、というのが二人の作戦らしい。
口をにやりとさせて視線を合わせた二人が、ゆっくり二度、頷き合った。
それからというもの、気もそぞろに時間を費やした二人。とにかく、孝太郎の動き出す五時半になるのを待つ。
「お、もうこんな時間か。じゃあ、ワシは帰るぞ」
二人の作戦など知る由もない孝太郎は、強烈な陽射しが西に傾きかけた頃、そそくさと帰り支度を始めた。公園の時計は、ぴったり五時半を指している。
と、そのときだった。
孝太郎がケン玉をしまおうとズボンの後ろポケットを探ったのと同時に、そのポケットから小指ほどの大きさの黄金(こがね)色の筒――まるでライフル銃の薬莢のような物体――がひとつ、零れ落ちたのだ。
「おっと、いかんいかん……」
地面からそれを拾い上げた孝太郎の頬が、真っ赤に染まっている。
それを見た児童二人、合計四つの瞳が、綺羅星の如く輝いた。まるで、漫画で連載されている、あの有名な小学生探偵のような目つきだった。
「なんか、怪しいな……。ポケットから落ちたもの、一体何だろう」
そう呟いた和希に対し、「そんなことも分からないの?」という勝ち誇った眼をして愛美が口を開いた。
「あれは……口紅ね」
「く、くちべにぃ?」
「ええ、そう。しかも、かなり高級なシロモノね」
「どうして、あのじいさんがそんなもの持ち歩いてんだよ」
「わかんないわよ、そんなこと……。大切な女性にあげるとか?」
「確かコータローの奥さんて、すんごい美人だったけど、もうだいぶ前に若くして亡くなったって聞いたことあるな……。あげるとすれば、今つき合ってる彼女にか?」
「うーん、コータローに彼女がいるってのは聞いたことないけど……。あ、もしかして、女装が趣味とか、もしくはそういう格好で夜の時間に働いてるとか?」
「うわ、マジかよ! あのじいさんが?」
想像を止め処なく逞しくしていく、二人。
鼻息荒く、まるで標的(ターゲット)を定めるような眼差しで、公園を去る孝太郎の背中を見つめる。
「さあ、行動開始よ!」「おう!」
まだ子どもたちの歓声が響き渡る夕暮れ前の公園から、和希と愛美はそろりそろりと抜け出した。
公園から道路に出て、辺りを見回す。
いた――。
孝太郎は公園出口から信号が青になった横断歩道を渡って、駅の方向へ進んでいた。和希たちの100メートルぐらい先に、異様なほど目立つ派手なシャツの老人の背中が見える。
和希と愛美は、尾行しやすい距離を頭脳ではなく天性の勘ともいうべきフィーリングで感じとった。孝太郎を確認するとすぐに走り出し、約20メートルほどの距離にまで間隔を詰める。
暫くして孝太郎が入って行ったのは、電車の駅と一体化したデパートの建物だった。
二人とも、普段から家族と買い物に訪れる場所なのでよく知っている。しかも、この建物は『KOMOTO園』という屋上遊園地があることで有名な場所なのだ。やんちゃな小学生が、知らないはずがない。
「コータロー、どこに行くんだろうな」
「さあ……。女装用の服の買い物かもね」
ビルの壁の陰に控え、息を潜める二人。