その女の子の名は、清子といった。啓二の家のすぐ近くにすんでいて、文代よりひとつかふたつ、年上だった。文代が彼の家にいたのは十日間ほどだったので、毎日のようにいっしょになってあそんでいたので、すっかり顔なじみになっていた。
川に遊びにきていた子供たちは、みんな元気がよかったが、なかでも彼女はとびきり元はつらつとして、男の子たちにまじって水泳の競争をしたり、またいっしょに高見から水面にとびこんだりしていた。髪を、ふりみだして動き回っている姿が、いまでも文代のまぶたに残っている。
それは彼女が、川のなかでももっとも深い場所を泳いでいるときにおこった。
水の色がそのあたりだけ深みをおびた青緑色にかわっていて、文江のように泳ぐのがあまりうまくないものなどは、ちかづくこともしないほどだった。
どうしてそのとき清子が、そんな危険なところをひとりで泳いでいたのかはわからない。岸部にならんで座っている男の子たちの目を、意識していたのかもしれない。彼女がさのときにかぎって他の女の子たちにはできないバタフライ泳法で泳いでいたことをみても、それはうなずける。
その清子に、途中で異変がおこった。
突然、はげしく水しぶきをあげたとおもうと、両腕をむちゃくちゃにはげしくふりまわしだした。そのときもみんなは、てっきり彼女がわざとそうやって人目をひこうとしているものとばかり思いこんでいた。
ところが、波打つ水面からうきしずみする顔が、くるしげにひきつっている。ときおりあげる声も、たすけをもとめるような悲鳴になった。
彼女の身におこったトラブルに、ようやくみんなも気づきはじめた。
しかしみんなは、とっさになにをしていいのかわからず、ただあたふたするばかりだった。救急車をよぶにも、ここは山間の渓谷で、むろん携帯電話などない時代だった。おろおろするみんなの中で、この時も啓二がまっさきにうごいた。
彼は水面にむかっていきおいよく身をおどらせた。抜き手を切って、一気に清子のところまでちかづくと、彼女の背後から首に腕をまわして、そのままいっしょにみんなのまつ岸にまで泳ぎついた。
岸部の石の上に横たえられた清子は、顔はまっさおで、ぐったりしている。呼びかけても、なんの反応もない。溺れて大量の水をのんだことはあきらかだった。
救急車をよぶにも、ここは山間の渓谷で、むろん携帯電話などない時代だった。おろおろするみんなの中で、この時も啓二がまっさきにうごいた。
啓二はすぐに、彼女に人工呼吸をほどこしはじめた。彼は手を彼女の胸のうえにあて、押しては引き、ひいては押すといった動作を、なんどもくりかえした。
しかしまだ、身動きひとつしない清子をみた啓二は、いきなり彼女の口にじぶんの口を押し当て、大きく息を吹き込んだ。文代の目に、彼女の胸がもりあがるのがみえた。