「俺は小学校のとき、とんでもないワルでした。サッちゃんを面白半分に苛めたからです。本当に心からお詫びいたします。サッちゃんごめんなさい。北沢先輩どうか許してください。今は真面目に蒲田の商店街で古着屋をやって生きています。今日はマスターもお客さんも全員が小学校の同窓生です。みんなの前で懺悔します。どうか許してください」
崎元は深く腰を折った。
「何なのよ、これ」私は感情を制御できなくなって立ちあがった。
貴賓席に座っていた彼も立ちあがった。
「怒ったか。ちょっとやり過ぎかな、とは思ったんだけど」
私は力の限り、彼の厚い胸を叩いた。涙が勝手に床に零れた。
「この企画は裕治の発案じゃないんだ。俺が仕組んだんだ。悪いのは俺なんだ」
マスターが私の耳元で情けない声を発した。
「悪いのは俺に決まってるじゃないか」
馬鹿でかい声をあげたのは崎元だった。
「俺はさあ、二十歳で結婚したから、子どももいるんだ。そのガキが幼稚園でいじめられてなあ。ガキは傷ついた。ガキから教わったんだよ。いじめは絶対にダメだってこと。でもさあ、サッちゃん、今さら許してくれなんて言えるわけねえよな。だからさ、どうか俺を気の済むまで殴ってほしいんだ。頼む。お願いします」
崎元は頭を下げたまま、動かなくなった。
私はどうしていいか、分からなくなった。彼に助けを求めた。
「これは、けじめだ。崎元の頬を一発ひっぱたいてやってくれ。どうか、俺からも頼む。そうしなけりゃ、前に進めないんだよ」
何と彼までも崎元の願いに同意したのだ。
崎元の頭が動いたとき、当時の忌まわしい情景が目に浮かんだ。そして一つの思いに駆られた。罰は受けるのだったら彼自身からも受けるべきだ、と。
私は心を決めた。崎元の左の手の甲を握った。そして持ち上げた。
「さあ、左手を開いて、私の手とあなたの手と一緒に思いっきりいくわよ」
彼は瞬時に趣旨を理解した。彼は私の右手を握り返すと、力の主導権を奪った。
自らを罰するように彼の左手と私の右手とが一緒になって当時のいじめっ子の左頬目がけて振り抜かれた。
一回、二回そして三回目に彼は床に崩れ落ちた。
私の右手は赤くなり感覚がなくなった。彼は床に両手をついた。
「どうか、許してください、サッちゃん。俺は浅はかだった。卑怯者だった。弱いものをいじめて、粋がっているだけの不良だった。どうか、許してください。こうやって頭を下げるしか、今の俺にはできないんだ」
私は崎元の手を取った。そして彼の耳元で囁いた。
「私、あなたのこと全部許します。あなたの今日の日の勇気を決して忘れません。ありがとうございました」
場が一瞬静かになり、次に拍手に包まれた。私は続ける。