声がかかる。それどころか、拍手があった。マスターは赤いクリスマスの帽子を被っている。
お客さんも変装している人が多い。
二人は奥のテーブル席に通される。椅子は二人がけのベンチシートになっている。貴賓席は冗談ではなかった。
「今日はクリスマスには少し早いですが、クリスマスを祝う第一弾のイベントがあります。おめでたいカップルに特別プレゼントがあります」
マスターが高らかに宣言した。
「北沢裕治さんとその彼女のお二人おめでとうございます」
歓声と拍手が沸き起こった。
北沢さん、裕(ゆう)ちゃんという声に交じって、松山さん、幸代(さちよ)さん、サッちゃんという声を聞いたとき心が痺れた。
彼は私の名前をお店に知らせていたのだ。
何で見知らぬ人たちがこんなに打解けて飲めるのだろうか、私は不思議な世界に入り込んだ感覚があった。
飲んで食べた。時間の流れが早かった。
余興が始まり、ギターを片手に歌い出す人がいた。
『いい日旅立ち』の次は、かつてヒットした『サッちゃん』の替え歌だった。
♫サッちゃんはね。蒲田が好きなんだ。本当はね。
だけど、裕ちゃんが優しすぎて、反対のこと言うんだよ。
可愛いね。サッちゃん。
♫サッちゃんはね。ぼくたちの小学校が好きなんだ。本当はね。
だけど、いじめっ子がいたから、嫌いになったんだよ。
ごめんね。サッちゃん。
私は何が起きたのか、分からなかった。この歌が私のための替え歌だと完全に理解できるまで少し時間を要した。
何故なら、彼と仲間たちが一緒のこの場所で、私の心の傷口を広げるような事態が起こるはずがなかったからだ。
ギターを持つ男が震えだした。
「俺がそのいじめっ子の崎元です」
赤い帽子を取り、サングラスと白い口ひげを取った。