「そりゃ、そうだよ。生まれた時からじいちゃんだったわけじゃない」
泰も笑ってしまったが、すぐに顔を引き締めた。しかし、一つ溢れた思い出はとめどなかった。
「東急の上の『プラザランド』の観覧車あるだろ。太郎も好きな」
「『かまたえん』ね」
「名前変わったのか。街は変わるもんだ。あれが出来た時、じいちゃんは中学生だった」
「じいちゃんも中学生だったんだ」
小学生ながら太郎はなかなかやるなと泰は思った。よく本を読んでいるせいだろうか。
「とにかく、その年でも何だかワクワクしたよ。例え小さくても自分の街に観覧車があるのは夢みたいだったよ。それに……」
そう言うと泰は咳払いをした。
「ばあちゃんとの初デートも『プラザランド』だったんだ。出来たばかりで、誘いやすかったからな」
少し顔が赤くなったのが泰は自分でも分かった。太郎を見ると太郎はにんまりと笑っていた。
「じいちゃん、やるね」
ちょうど観覧車が見える位置にやって来たので見上げたが、やはり動いていなかった。
「あの観覧車、だいぶゆっくりだよね。じいちゃんの頃から?」
「そうだよ。ゆっくりが良いんじゃないか。速いばかりが能じゃない」
太郎の空返事を聞いて、口は達者なところもあるが、やはりまだ子供だなと泰は思った。
「じいちゃんが改造しちゃいなよ。電気工事の職人なんでしょ?」
今度は泰が空返事をしたので、太郎は『じいさん、やる気ねえな』と思った。
二人は『サンロード商店街』の入り口にやって来た。
「『サンロード』の方が『サンライズ』より先にアーケードが出来たんだよ。雨が降っても買い物できるって、ここにも未来が来たって思ったな」
「未来がいっぱいで楽しかったろうね」
「まあ、日本がこれからって時代だったからな。でも、悲観することはない。人間まだまだ。きっと太郎の未来もあるさ」
太郎が首を傾げたので泰は太郎の肩に手を置いた。
「だって、こうやって街の人がみんな固まるなんて想像したか?」
首を左右に振る太郎を見て、泰は頷いた。
「何が起きるか分からないだろ?」
「これから起きる前に、先に今を何とかしないとね」
ノスタルジィに浸っている場合ではなかった。その名に相応しく太陽が象られたアーケードの入り口に歩みを進めた。
商店街は、豆腐屋の油揚げを選んでいたり、コーヒーでも飲んで一休みといった風情の買い物客で賑わっているが、全員固まっている。人気があるのに活気がない。さらに停電のせいで照明が消えてしまっており、不気味でさえあった。
泰を先頭に二人は人の間を縫うように進み、ちょうどアーケードが途切れる手前で足を止めた。
シャッターが下ろされている店舗。正確には元店舗。テナント募集の張り紙もなく、郵便物を投函する隙間さえも目張りされており、外部との関わり合いを拒むような空気を醸し出している。
泰がドアをノックするようにシャッターを叩き、大きな声をあげた。
「博士! おーい博士。おーい、筒美くん。いるかー?」