「ああ、宇宙人がやって来て、あの映画のあの人が出ているやつだな」
「これも宇宙人がやってるのかな?」
「さあ、じいちゃんは博士じゃないからな……」
泰はひとりの人物を思い出した。泰の同級生で西口商店街の酒屋の息子ながら『博士』と呼ばれ、本当に理学系の博士になった筒美満を。
筒美とは中学校の卒業以来、顔を合わせていない。風の噂で、地元を離れ、難しい大学を卒業して、どこかの研究所に勤めたこと。そして、我々の同級生の夏子と結婚したことは聞いたが、その行方を誰も知らなかった。だが、先日、すでに酒屋を畳んだ実家に戻っている姿を見かけた話を聞いた。またスーパーへと筒美がやって来て弁当を一人前だけ購入するとも聞いた。
一人前しか購入しないことが引っかかる。しかし、相当昔の非常に薄い馴染みがあるというだけながら、自分が尋ねられる学識者は筒美くらいであるし、帰って来たのも何か縁を感じる。もっとも筒美も固まっていたら意味もないが……。
「太郎、行くぞ」
「どこに?」
「後で言う」
泰は太郎に牛乳瓶を片付けさせると蒲田温泉を出た。外はいつもの日常が繰り広げられているかもしれないなと思っていたが、淡い期待はすぐに打ち消された。
二人が赤の下地に白の文字が抜かれ、中央にライオンが描かれた蒲田温泉のアーチ型の看板を潜ると、自転車に乗った子連れの若いママさんがいた。幼稚園の制服を着た子供は泣きべそをかいており、ママさんはそれを宥めるではなく、ぷいと子供から顔を背けていた。親子ともに固まっていた。
辺りを見渡すと通行人も車も全てが止まってしまっている。
やはり何かが起きたと泰は確信し、商店街に向けて北上していた。
「家とは逆だよ。どこ行くの?」
「じいちゃんの同級生に博士がいるんだ。奴なら分かるかもしれない」
太郎は笑った。
「やっぱり白衣着てるのかな」
二人は環八通りに差し掛かった。車も車内の人々も固まっている。
「全部止まっていると渡りやすいね」
「そうだな。じいちゃんが太郎の年の頃と車の量が違うからな」
二人は環八を渡りきり、しばらく歩みを進める。やはり全員が固まっている。
「何で、僕たちだけ動けるんだろうね? あのおじさんもだけど」
「確かにそうだな……」
歩きながら考えるもこの謎の答えは浮かびそうになかった。
そうこうしているうちに『ユザワヤ』の前に到着した。
泰がビルを見上げる。
「ここが出来た時は驚いたよ。まだ空き地が多かった時に、これが建って、これから未来がやって来るんだなって思ったよ」
「その時、何歳だったの?」
「五歳くらいかな」
「じいちゃんも子供だったんだ」
太郎が嬉しそうに泰の顔を覗いた。