泰と太郎も合点がいっていない。だが、おじさんはいなくなってしまったので、もう何も確かめようがなかった。二人も着替えて、脱衣所を出ると先ほどのおじさんが番台の中にいるおばちゃんの前に立ち、彼女の顔の前で手を振っている。
「動かない」
おじさんは太郎と泰の方を振り向いて呟いた。二人もおばちゃんの前に立って手を振った。やはり動かなかった。
「もしかして」
太郎はロビーのソファに座っている客を確かめた。そこにいた三人のおっちゃん達はちょうど大笑いをしたのかテレビを指差し、大口を開けたまま固まっていた。ただテレビ画面には何も映っていない。
「じいちゃん!」
泰とおじさんもその三人を見た。
「何だこれは……」と泰がこぼすとおじさんは大慌てで下駄箱へと駆けた。
「ちょっと」
おじさんに泰が声をかけると「家が心配なんで」と出て行ってしまった。
自分も家のことが心配であるが、状況を把握せずにことを起こすのは不安があった。対照的に太郎がさっと女湯へと足を向けた。
「どうした?」
「いや、女湯のお客さんも固まっているのかなって」
我が孫ながらなかなか鋭いなと思っていると太郎はすたすたと入り、すぐに戻ってきた。
「体洗っているおばあさんしかいないや」
「いや、そうじゃなくてな」
「ああ、全員固まってた」
「そうか」
さて、どうしたものかと泰は腕を組んだ。何か情報を得られぬものかとテレビのリモコンをいじっても映らないし、スマホにしたばかりの携帯電話も通じない。泰が考えあぐねていると隣で太郎が、空いているソファに座って瓶の牛乳を飲み始めた。
「太郎。こんな時に」
「風呂上がりはこれでしょ。冷蔵庫切れてるから腐るよりましだよ。お金だっておばちゃんの前に置いたし。はい、これ、おじいちゃんの」
太郎は泰に牛乳瓶を差し出した。豪胆な子供だなと思う。誰に似たのだろう。太郎の父つまり泰の息子は泰に似て慎重なタイプだ。では、太郎の母の影響だろうか。そうかもしれない。彼女が子供の頃に誘拐されそうになったにも関わらず、その犯人を説き伏せてしまったらしいし。
太郎の横に座って泰は牛乳を飲み始めた。
「昔の映画に、こんな状況の名前のあったよね」
「太郎の昔は、じいちゃんの最近だからな。どんな映画だった?」
「地球が止まっちゃうみたいな題名」