二人は他に客がいないのを良いことに、湯の中に潜って息止め対決をしていた。ティーンにもなっていない若造に負けぬ、例え、相手が愛孫であっても。と泰は必死で湯の中に潜っていた。
「子供相手に大人気ないな」
太郎はそう言って湯から上がり、脱衣所へ向かった。
「いつでも挑んで来い。じいちゃんは負けない」と太郎の背中を追いながら、泰は言い放った。
泰が脱衣所に出ると電気が切れており、薄暗かった。「停電か?」と見回すと前方の太郎が、ずぶ濡れのまま首を傾げている。
「どうした? 早く拭きなさい。風邪ひくぞ」
そう言って泰も二段ロッカーからタオルを取り出して体を拭き始めた。
「あそこにドライヤー使っているおじさんいるじゃん」
「ああ、いるね」
「固まってない?櫛も動かしていないし、風の出てないドライヤーもずっと同じ所を当ててる」
そんなまさかと泰が洗面台の前の籐椅子に座っている自分よりも若い小太りのおじさんを見た。太郎の言う通り、肘を張ってドライヤーを毛が寂しくなった後頭部に当てたまま固まっている。自然乾燥でも間に合うだろうになと思いながら、泰がおじさんに近寄り「あのぉ」と二度ほど声をかけてみたが、微動だにしなかった。
「生きてる?」太郎が泰に尋ねた。
「多分」
太郎がおじさんに駆け寄り、人差し指で突いた。おじさんは動かない。
「太郎。よしなさい。それにおじさんを濡らしてしまうじゃないか。早く着替えなさい」
泰の忠告など無視し、太郎はおじさんの心臓のある位置に耳を当てた。まだ濡れている髪がおじさんの胸を濡らした。
「動いてるよ。バッチリ」
鼓動を聞いたまま、太郎はおじさんの胸に耳を当てたまま親指を立てた。
「うわっ!」
叫び声とともにおじさんが太郎の頭をはたいた。
「動いたっ!」
今度は太郎が驚いて固まってしまった。
「ごめん、大丈夫かい?」
おじさんが太郎に声をかけたので、太郎がぎこちなく答えた。
「おじさんこそ」
「え?」
泰が説明をするとおじさんは合点がいかない様子であったが、とりあえずといった感じで「ありがとう」と言って立ち上がり、二人を訝しがりながら、そそくさと着替えて出て行ってしまった。