「春子姉ちゃんは結婚して家を出たし、夏生兄ちゃんは大学生で彼女がいる。私だって、もう高校生で友だちと遊ぶのが一番楽しい。お父さんには悪いけどさ、三人とも、この齢になって親と観覧車にヒーローショーって、ちょっとキツイわ」
父を責めるつもりなどまるでなく、ただ率直な気持ちを言っただけなのに、父は気の毒になるほど両眉を下げてしょんぼりとしてしまった。このままでは後味が悪いので、私はなんとか語感を和らげようと言葉を続ける。
「いや、でもね、べつにお父さんに対して恨んでるとかは、全然ないから。私たちは三人きょうだいで、近所に同世代の友だちもいて、大人に遊んでもらわなくってもじゅうぶん楽しい子ども時代だったんだよ。家の近くにこんな遊園地もあったしね。だからさ、勝手に『子どもたちに申し訳なかった』みたいな後悔をされても、困惑するっていうか」
あれ? しゃべればしゃべるほど、言葉の響きが優しくなくなっていくのって、どうしてなんだろう。父の顔が、『進撃の巨人』のキャラクターみたいに絶望を帯びてくる。
違うんだよ、お父さん。私が言いたいのは、もう少し思いやりを含んだ事柄。
言葉を接ぎながら、私は暗中模索する。
「あのね、お父さんの理想とは違うかもしれないし、お父さんは家族からちょっと浮いてるときがあるかもしれないけど、うちの家族って、たぶん幸せな家族なんだよ。だからさ、お父さんは観覧車やヒーローショーのことでうしろめたく思う必要なんてないし、もしも自分がどうしても子どもと一緒に遊びたいんだっていうなら、その情熱はお姉ちゃんの子どもに三人分全部注いであげなよ。お祖父ちゃんもさ、私たちにそうしてくれたもん。本当はお父さんにしてあげたかったけど手遅れになっちゃったことを、私たちにしてくれたんじゃないのかな」
一気にまくしたてたから、言葉を切ったとき酸欠気味でくらっとした。
私が言い終わるのと同時に、周囲からわっと拍手が湧く。
私は驚いて、首がもげそうなほど激しく辺りを見回した。
一瞬、自分の言葉に賞賛が贈られたのかと勘違いしかけて、その拍手は舞台上のサムライ・レンジャーに向けられたものだと気が付く。ちょうど彼も今、怪人に対する長ゼリフの説教を終えたところだったのだ。
父は、依然として顔面に漫画のような線の太い影を漂わせながら、周囲と一緒に拍手を始めた。手や顔の向きが、サムライ・レンジャーではなく私に対する拍手であることを示していた。
拍手の音にかき消されそうな心許ない声で、父がぽつりと言う。
「……父さん、家族からちょっと浮いてるときがあるのか。……でもまぁ、うちの人がみんな幸せならそれでいいよ」
ああ、言葉って、ぜったいに自分の意図から外れたところに錨をおろすんだ。私はこれ以上補足を重ねる元気までは湧かず、ちいさく首を横に振った。
姉の出産は、初産にしては珍しく予定日ぴったりだった。