タキシード姿の父と白ドレス姿の母が、ジャニーズアイドルのコンサートで登場するような不思議な宙づりの箱の中に入って降下してくる様子を想像したら、私は堪えきれずに大声で笑い出してしまった。腹筋をフル稼働させて、ゴンドラを揺らすほど大笑いしてしまう。私があんまり大げさに笑いすぎると、母や兄なら「いい加減にしろ」と言って小突いてくるのだけれど、父はどうしてよいか分からないらしく、首をさすったまま困ったような笑みを浮かべていた。
観覧車を降りると、ヒーローショーはちょうどクライマックスを迎えたところだった。サムライ・レンジャーが、何をモチーフにしたのかよく分からない怪人を袈裟切りして、正義の説教を始めている。
観覧車を無事に乗り終えて、任務完了とばかりに帰ろうとする私を、父は
「ちょっとこれ、観ていかないか」
と引きとめた。
「え? 観ていかないかって、ヒーローショーを?」
顔をしかめて訊き返した私に返事もせず、父は観客席後列の空席をふたつ確保すると、忙しげに手招きした。
(く……く・う・き・を・よ・め……!)
心の中でスタッカートをつけながら絶叫してしまう。
「いやだ。こんなの見たってつまんないもん。帰ろうよ」
ちびっこに紛れてこんなものを見たいわけあるかと怒鳴り散らしたい気持ちをぐっと堪えて、私はつとめて冷静に言った。
父は口もとにふっと淋しげな笑みを浮かべ、急に遠い目をした。
「父さんさ、自分の子どもと一緒に観覧車に乗ってヒーローショーなんかを観るような父親になるのが、ずっと夢だったんだ」
「は?」
思わず野太い声が出てしまう。「何言ってんの、突然」
「今朝お兄ちゃんやおまえが話しているのを聞いて思い出したんだけど、そういえば父さん、この町に引っ越してきたときにこの観覧車を見上げて、『いい父親になろう』って決心したんだった」
父が語りモードに突入してしまったので、私はしぶしぶ父の隣のパイプイスに掛けた。
父は「観よう」と言ったくせにサムライ・レンジャーを完全に無視して、訥々と語り始めた。
「うちの家族が今の家に引っ越してきたのは、千秋が生まれてすぐの頃だったな。初めてここの駅で降りたとき、この観覧車を見て『子どもと暮らすのに良い町だなぁ』と思ったんだよ。
父さんが子どもの頃はね、お前たちのお祖父さんは仕事が忙しくて、父さんとはちっとも遊んでくれなかった。お祖父さんは自分で商売を始めたばかりで、休日なんて一日もなかったんだ。父さんはお祖父さんのことを尊敬していたけれど、少し恨んでもいた。もっと構ってほしかったんだな。
だから自分に子どもができたら、お祖父さんのことを反面教師にして子どもとは親友みたいに親しくしようと思っていたのに、いつのまにかそんなこと忘れてしまっていたんだなぁ」
「だとしたら、思い出すの遅すぎたね」
私は呆れてため息を吐いた。