いざ順番が回ってきたところで父がとんでもない提案をしたので、私はぎょっとして即座に却下した。
「何言ってんの。べつに何色でもいいから。そんなことしたら、係の人にも他のお客さんにも迷惑でしょ」
突き飛ばさんばかりの勢いで父の背中を押して、黄色いゴンドラに押し込む。
まったく、うちの父というやつは、TPOをわきまえず常に空気を読めないんだから手が掛かる。小さな子どもじゃあるまいし、よその人を巻き込んでまでピンク色のゴンドラに乗りたいわけがないでしょうが。
ゴンドラの中は、私の記憶よりも一回りは小さかった。意外と見晴らしの良い窓外の景色を眺めながら、父は「ほう」とか「へぇ」とか、感嘆のため息を漏らしていた。
私はゴンドラの窓を背景に、父の後ろ姿を携帯で撮影して兄に送りつける。
『こんなことになっちゃったの、夏生兄ちゃんのせいだからね』
メッセージを打ち、私は自分で自分の言葉に強く頷いた。そうそう、もとはと言えば兄の「モグリ」発言が父のめんどくさいスイッチを入れてしまったはずなのに、どうして私がその後始末をしなくてはならないのか。
送るや否や、すぐに兄からの返信がきた。
『親孝行はできるときにやっとくもんだぞ。家族全員で乗ろう、なんて展開にならなかっただけマシだと思え』
くそ、高校生にもなって父と屋上遊園地なんて、家族全員で観覧車に乗るのと同じくらい気恥ずかしい。どうせこんな目に遭うなら、母も兄も道連れにしてやりたい。私は悔し紛れに『フラれろ』とだけ返信して、携帯をポシェットに突っ込んだ。
一周三分半の小さな観覧車は、すぐに頂上へ到達する。
「そうか、この観覧車は、ちいさいけど意外と高くまで上るんだなぁ」
そう言うと、父はぶるっと身を震わせた。
私はまさかと思い、
「あれ? お父さんて、もしかして高い所苦手なの?」
と訊ねた。
父が高所恐怖症だなんて話、聞いた覚えがない。だけど高所恐怖症でないという話も、聞いた覚えがない。父とそんな話をする機会が、私には今まで一度もなかったらしいことに気が付いて驚く。家族のことなんて、何だって知っているようでいて、意外と知らないことの方が多いのかもしれない。
「これでも昔と比べれば、ずいぶん克服したほうなんだけどね。昔は脚立に上ることも出来なくて、結婚式でゴンドラに乗って登場するという演出をやるかやらないかで、母さんとケンカしたくらいだったんだ」
「何その話、初耳なんだけど」
首をさすって照れ隠ししようとする父を、私は宇宙人でも見るように目を丸くして観察した。高所恐怖症に、結婚式のゴンドラ。
「ダサいね。高所恐怖症も、結婚式のゴンドラもダサい」