私はゆっくりと、父の方を振り返った。
「父さん、一度も行ったことないよ、その遊園地」
父がもう一度、今度は最初よりもはっきりと言った。兄がバターナイフを、かちゃんとテーブルへ落とす音が響く。
(……でた、お父さんのKYバクダン……!)
そう思ったのは私だけではないはずだ。
危うい空気をいち早く察知したのは母だった。
「あらやだ、もうこんな時間。私、ヨガに行く準備しなくちゃ」
そそくさと席を立つ母に便乗して、兄も
「そういえば彼女と約束があったんだった」
とトーストを無理矢理口に押し込む。
二人とも、逃げ足の速さはそっくりなのだ。私はこの場から逃げだす口実の見つからないまま、父と二人で取り残されてしまった。
めんどくさいスイッチの入った父が何を言い出すか。私は父のことが嫌いというわけではないけれど、父のノリが分からなくて気疲れすることが多い。父の思考回路や会話のテンポは、家族の他のメンバーと違って合わせ方が分かりづらい。姉が家にいたころは、こういう場合には姉が父の相手をしてくれていた。姉が家を出た今、母と兄はその役割を私に押し付けようとしているのだ。
「この辺に住んでてあそこを知らないとなると、モグリになってしまうんだなぁ。モグリ……」
私に話しかけているのかひとりごとなのか、判然としない遠い目をして父は呟いた。
いやだ、絶対に「じゃあ一緒に行ってみる?」とは言いたくない。デパートの屋上遊園地なんて、高校生にもなって、親と一緒に出掛ける場所ではないのだ。
どんな誘われ方をしようと絶対に断ろうと固く決心していたのに、どうして私は父とふたり、観覧車を待つ列に並んでいるのか――。
良く晴れた日曜の午後、屋上遊園地は小さなお友達とその保護者たちによって活気づいていた。父はゴンドラを待つあいだ、眩しそうに片手で眉の上に庇をつくって目を細める。
観覧車前に設置されたイベント用の小舞台では、「サムライ・レンジャー」なる正義とも悪ともつかない容貌のヒーローが、悪を自称する怪人と死闘を繰り広げていた。私の幼い頃は「サムライ・レンジャー」ではなかったけれど、このちゃちなヒーローショーには既視感があって懐かしい。
「お、来たぞ。もうちょっと待てばピンク色に乗れるけど、どうする? 後ろの人に代わってもらって、先にこの黄色に乗ってもらおうか?」