「ごめんな祐。すぐに母さんの手術だから病院に戻らないと。2日間いい子でいるんだぞ。」
父さんの言葉は、ポロポロと慌てて口からこぼれ落ちていった。
そして、もう一度深々と挨拶をするなり改札へ入り、すぐに人波に埋もれてしまった。
「じゃ、行くか。」伯父さんは僕のリュックまでひょいと担ぐと、のっしのっしと階段を下り始めた。
まるで熊のようなトシ伯父さんを、僕は早足で追いかける。
遠くで電車の発車音が聞こえた。
僕の駅とは違う音楽だ。
トシ伯父さんの家は商店街を抜けて少し歩いた場所にある。
蒲田生まれの蒲田育ち。母さんも結婚するまではこの街に住んでいた。
母さんは何かと便利だからって蒲田に住みたがっていたけど、今は社宅のある八王子に住んでいる。
家に着くと、叔母さんがあらあらと迎え出てくれた。
「祐ちゃん、いらっしゃい。疲れたでしょう。」
「こんにちは。突然すみません。よろしくお願いします。」
僕は、父さんに言われた通り挨拶した。
電車で1時間、疲れてないといったら嘘になる。
今年の正月にみんなで遊びに来た時は、従兄弟のハル君もいたから賑やかだったけど、今日から2日間、伯父さんと伯母さんと僕の三人で過ごすんだ。
そんなことを考えたら、なんだかひどく緊張してしまった。
用意してくれたオレンジジュースを飲み、ふかふかのソファーに座った。
「お母さん、頑張ってるからね。大丈夫よ。赤ちゃん、楽しみね。」
それから伯母さんは僕が心配しないように、学校はどうだとか、ランドセルは重いかとか、そんな話ばかりした。
でも、もうすぐお兄ちゃんだねと言われると、嬉しい反面、胸がギュッとした。
赤ちゃんが家にやって来ても、母さんは僕に気づいてくれるだろうか。
僕の居場所は、残っているんだろうか。