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『呑々村の子どもたち』伊原文樹

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 二時間ほどたって、ようやく店内が落ち着いたころ、私はビール瓶を傾けながらカウンター越しにヤンさんと話をした。
「息子さん、すごいカーブを投げるんですってね」
「ああ、そうよ。誰も打てナイよ。あれね、中学のときノノムラさんに教わったよ。“しょんべんカーブ”というよ」
「野々村さん!?」
 中学に入って間もない頃、周囲になじめず部活にも入らずにいたヤンさんの息子が学校帰りの道をとぼとぼ歩いていると、野々村のおっちゃんがいきなり声をかけてきた。「ヤンくんはピッチャー向きの体型をしている。筋肉の付き方がいい」。おっちゃんは当時まだ野球のヤの字も知らなかったヤンさん夫婦に力説し、その日から強引に“しょんべんカーブ”の特訓が始まったのだという。それにしても、野々村のおっちゃんの名伯楽ぶりはどうだ。全く才能のない私でさえ何試合かは好投したが、私なんかよりもずっとふさわしい、最高の“しょんべんカーブ”の継承者を得ていたのだ。
「ノノムラさん、それからすぐ死んじゃって、可哀想だったけど…ちょっと待って、形見あるよ」
 ヤンさんは二階の住居に上がると、陶器の箱を持って戻ってきた。中には茶色にくすんだ古い硬球が入っており、「初勝利記念 野々村」と書かれていた。
「ノノムラさん、病院でくれたよ。プロ野球で勝ったときの記念で宝物だから、うちの息子にって。ほんといい人だったよ」
 おっちゃん、プロでちゃんと1勝していたのか。私はまたもや担々麺の山椒の辛さにやられて涙がこぼれてしまった。
 翌日、私は夕方の授業の前に区立図書館で古い新聞の中に野々村のおっちゃんの記録を探した。野々村投手は高卒1年目のシーズンの終盤にデビューすると、その年に2勝を挙げていた。しかも、デビュー戦からいきなり二試合連続完投勝利。だが、その後は好投するもリリーフ投手が打たれて勝ち負けがつかない登板が四度も続いてシーズンを終えている。ツキのある投手とは言えない。それでも高卒1年目としては立派な成績で、ある記事では「来季の新エース候補」と評されていたりもした。しかし、野々村はシーズン後に肩の故障が発覚して、そのまま一軍復帰を果たすことなく引退してしまったようだ。退団を報じる記事は見つけられなかった。6試合2勝0敗防御率2.84。それがプロ野球選手としてのおっちゃんの全記録だった。

6

 高校の合格発表の日、先に講師室に入ってきたのはマサトの方だった。うつむき加減に思いつめた表情をしているので、てっきり残念な報せかと思ったが、合格したという。なぜそんなに浮かない顔をするのかと尋ねずにはいられなかった。マサトは目を上げずに苦しそうに話し始めた。彼は彩乃と小学生のときでクラスメイトだった。あるとき、はじめは女の子数人の間で彩乃へのからかいや仲間外れが始まった。やがてそれに男子たちも加わるようになった。マサトも彩乃を変なあだ名で呼んだ。いや、自分こそが男子がいじめに加わるきっかけだったのではないか。正確には思い出せけど…。いじめがクラス全体に広がってしまったとき、マサトは一番執拗で酷いことをする男子連中につかみ掛かっていじめを止めさせようとしたことがあった。しかし、彼一人の抵抗ではどうにもできなかった。彩乃は不登校になった。学年が変わっても、小学校を卒業してからも、彩乃のことをふと思い出して、吐き気のする罪悪感に襲われた。塾でたまたま彩乃と個人指導の時間が一緒になったとき、最初はすぐに逃げだしたくなった。だが、彼女が高校に通おうとしていることを知ると、こんどこそ彩乃がいじめられないようにしたいと思った。彼女を守る、なんてカッコをつけるわけではないけれど、同じ高校に行って、とにかく二度と彼女がいじめられないようにしたかった。

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