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『呑々村の子どもたち』伊原文樹

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 話し終えると下を向いて、小さく震えるマサトに、私は「それは、彩乃自身に伝えるべきだろうな」と言った。十分後、彩乃が現れた。彼女は晴れやかな表情で合格を知らせた。だが、すぐに我々の異様な雰囲気を感じ取り、けげんな顔になった。マサトは彼の中でわき上がる何かを大きく息を吐いて抑えてから、私に話したことを彼女にも話した。
「それは違うよ。マサトくんが最初じゃなかったと思う。私も正確には覚えてないけれど。それよりもね、マサトくんがいじめを止めようとしてケンカをしたときのことはよく覚えてる。男子が大声で怒鳴り合って、つかみ合って、怖かったんだけど、でもマサトくんがああやって抵抗してくれたことはずっと覚えてた。マサトくんみたいな人が一人だけでもいたということが、私のなぐさめだった。マサトくんみたいに抵抗してくれる人が一人もいなかったら、私は本当にダメになっていたかもしれない。マサトくんのような人もいるのだから、私は高校には通ってみようと思えたんだよ。フリースクールに行ったことは後悔してない。そこで一生の友達もできたし。でも、将来は大学にも行ってみたくて。だから、まず高校からって。マサトくんのような人もいたんだから、って自分を励まして…」
 彩乃はマサトに駆け寄ると、彼の肩に手を置いた。彼女の手の温かさが私にも伝わってくる気がした。その瞬間、マサトはでかい図体に似つかわしくない大きな声で、わんわんと泣き出した。違う教室で授業していた講師たちも生徒たちも、塾長までもが慌てて何事かとのぞきに来るほどだった。
「あとで、事情を説明しますから、この場は、あの、三人だけに。お願いします。あとで、必ず…」
 私はなんとかみなを戻らせた。
「今夜はヤンさんの店で合格祝いをしよう。俺に奢らせてくれ。君らだけにってのは本当はまずいのかもしれないけど、今日は特別だ」
 講師心得などもうどうでもよかった。まだ小刻みに震えているマサトの肩に、私も手を添えた。
 実に愉快な気持ちで家に帰ると、母がああ、そういえば、と知らせてきた。
「野々村さんとこのお店ね、ずっと閉まってたけど、こんど息子さんが、えっと、祐太郎くんだっけ、こっちに帰ってきてね、お母さんと一緒にまた再開するらしいよ、呑々村。」

 通うべき店が、この街にもう一軒できるようだ。

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