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『呑々村の子どもたち』伊原文樹

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 秋になってもマサトは勉強に身が入らず、課題を与えてもすぐに飽きて雑談をしたがる。志望校の話を聞いてもはぐらかす。彩乃が嫌がるのではないかとはらはらしたが、彼女はマサトのバカ話を横顔で聞いて、ときどき小さくうなずいたり微笑んだりしている。そんな彼女の様子に気づくと、急にマサトは気まずそうな顔をして黙る。ある日、マサトが筆記用具を忘れたと言いだし、書くものを持たずに塾に来るやつがあるかとさすがに私も叱ったりしていると、彩乃が隣からすっとシャープペンシルと消しゴムを差し出した。不自然なぐらいに動揺してまた顔を赤くしたマサトは、「いいよ。事務さんに借りてくるから」となぜか憮然として教室を出ていった。失礼なやつだなと思ったが、彩乃はさして気にしているふうでもなかった。
 彩乃の姿をヤンさんの店で見かけたときは驚いた。彼女は端っこのテーブルでヤンさんの娘に勉強を教えているようだった。ヤンさんの娘は中学一年生だそうだ。彩乃は塾で見るより大人びて見えた。彩乃の家族はヤンさんにとって最初に親しくなったお客さんなのだそうだ。
「上のお兄チャンは野球があるからダイジョブ。でも、この娘は勉強ムツカシイ。私たち日本語話せるけど、宿題教えるはムツカシイ。この娘は学校行きたくないと言った。フリースクールで彩乃ちゃんに会った。彩乃ちゃんが勉強教えてくれたから、今は中学校に行けるよ。ほんと彩乃ちゃん優しい、いい子」
 ヤンさんの奥さんがそう説明してくれた。彩乃はそんなそんなと手を振り照れながら、でも嬉しそうだった。後日、彩乃がいないときに彼女の話題となったとき、ヤンさんは力を込めて言った。
「彩乃ちゃんはほんといい子よ。あの子は小学校でイジメられたと聞いた。ほんとワタシは許せないよ。高校行ってまたイジメられたら、ゼッタイおじさんに言えと。ワタシが叩いてやると。叩いたら日本の警察捕まる。でも、許せないよ、ワタシ」
 ヤンさんの目が少し潤んでいた。私もなんだか感情がこみ上げて、担々麺の山椒も利いたからか柄にもなく涙が数滴こぼれてしまった。

4

「あの子さ、高校どこ行くの?」
 授業が終わって、彩乃が先に教室を出た後にマサトが不意に尋ねた。
「彩乃か?そんなこと言えるわけないだろ。個人情報。最近厳しいんだから、そのへん。自分で本人に直接きけばいいだろ」
「なんでオレがきかなきゃいけないんスか」
「なんでオレが彩乃の個人情報をおまえに教えなきゃいけなんだよ」
 ふむ、おまえさては彼女のことを、とからかってやりたかったが、私はここでも講師心得に忠実に自重した。翌週もマサトは同じことを尋ねてきた。最初よりも表情が真剣だった。だが、私の答えは同じだった。個人情報を勝手に伝えるわけにはいかない。最近の塾業界、そのへんは本当に厳しい。二週間後、マサトは初めて志望校調査票を出してきた。彼は彩乃の第一志望と同じ学校名だけを書いてきた。

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