それから、おじいさんは一週間もしないうちに退院し、挑戦屋はいつもと変わりなく営業を再開した。
「いらっしゃい。今日は学校どうだった」
「いつもと同じだよ」
僕は放り投げるようにランドセルを置くと、継ぎ接ぎだらけの丸椅子に座り、ポケットから輪ゴムで束ねたカードを取り出した。
「今日は壮太に勝つからな!」
「何言ってんの、負ける訳ないだろ」
テーブルを囲み、ヒロト君と清志郎君、そしてマサキ君が身構えた。
「宿題も頑張ってな」
テーブルの上にいちご水が三本置かれる。
「あ、ありがとう」
見上げたおじいさんの顔は、いつも以上に優しい笑顔に満ち溢れていた。
僕は、その街で中学二年の夏まで過ごした。中学生になると、なかなか挑戦屋に行く機会が無くなったが、久しぶりに一年の夏休みにおじいさんの顔を見に行ったことがあった。久しぶりの再会をおじいさんは変わらぬ笑顔で迎えてくれた。相変わらずの継ぎ接ぎだらけの椅子に腰掛け「いい加減、新しいの買ったら?」なんて生意気なことを言うと、「それには大切な思い出が詰まってるんだよ」と、テーブルにいちご水が置かれた。
「こんなに甘かったっけ」
「成長した証拠じゃないか」
「大人になったってことかな」
「なあ、壮太、お前がどこへ行っても、どれだけ皆んなと遠く離れても、心は繋がっているからな。忘れるなよ」
「なんだよ、急にあらたまって」
「いいな」
おじいさんは少し照れ臭そうに髭を触った。商店街に迷い込んだアブラゼミが、店の壁にとまって大きな声で鳴いていた。
おじいさんが亡くなったと連絡があったのは、高校に入学して間も無い頃だった。
参列した葬儀で、息子さんからおじいさんには『壮太』という幼くして亡くした長男がいたという話を聞いた。これまで、あまりその話はしなかったそうだが、亡くなる前の病床では、何度も壮太という名前を口にしていたらしい。それは僅かな年月で別れた壮太君であり、もしかすると僕だったのかも知れない。
あれから18年の月日が流れた。