「母さんの仕事の関係で転校ばかりしてる。しばらくしたらまた引っ越すんだ、きっと」
「いろんな所に友達ができるからいいじゃないか」
「どうせ、すぐに別れるんだから必要ないよ」
「そうか」と呟き、おじいさんは杖を支えにゆっくりと腰をあげた。そしてレジの方に歩みながら僕に背を向けたまま言った。
「壮太、良かったら学校の帰り道にここへ寄っていきなさい。きっと友達ができるよ」
僕は残りのいちご水を一気に飲み干すと「ありがとう、ごちそうさまでした」と、おじいさんの誘いに返事をすることなく店を出た。
次の日もいつもと同じように惰性で授業を受け、休み時間は読書をしたり机に伏せたりして過ごした。ゆっくりと、流れる時間をただ待ちながら。皆んなにはあっという間に流れてしまう楽しい休み時間さえ、僕には長く感じて仕方ない。
転校したばかりの頃は、皆んなが物珍しそうに話しかけてきてくれたが、僕のツレない態度は日に日に人を遠ざけ、やがて誰も近寄らなくなっていった。寂しくない訳がない。だけど、仲良くなった友達との別れがそれ以上に寂しいことを僕は知ってしまっていた。別れの寂しさを感じるのなら、いっそ出会わない方がいい。
今日の帰り道もいつものようにクラスメイトが僕の前を行き、そして吸い込まれるように挑戦屋へと入って行く。店内から溢れ出る賑やかな声を聞きながら、僕は存在をかき消して前を通り過ぎる。横目に見る店内にはおじいさんの姿。気付かれないよう、少し早足になった。
何一つ変わらない日常。常に今という時から逃げたくて、だけど、やがて訪れた「未来」を「今」に迎えると、また新たな未来を待ち望む。僕の心は今ここに在らず、常に先を行くのだった。
次の日曜日、僕は1週間ぶりに挑戦屋へ向かった。
「おや、いらっしゃい」
広げた新聞の上からおじいさんの顔が覗く。
「こんにちは」と、挨拶をして、まるで常連客のように慣れた感じで継ぎ接ぎだらけの椅子に座った。
「どうだい、その後」
おじいさんは新聞を折り畳むと老眼鏡を外し、焦点を合わせるように目を細めて僕を見た。
「何も変わらない。おんなじ毎日」
「そっか。元気そうで良かった。あれから顔を見せないから心配したよ」
「ごめんなさい」