「残念、ここには牛乳は置いてないな。急ぐのかい?それなら無理は言わないよ」
「いえ、大丈夫……」
「じゃあ、少し寄っていってもいいじゃないか」
「はい」
「ここに座って」と案内してくれた店の片隅には、テーブルとその周囲に丸椅子が並ぶ。元の天板が見えないほどキャラクターのシールが貼られた年季の入ったテーブルと、ビニールテープで継ぎ接ぎだらけの丸椅子は、何年も前から多くの子ども達が座った長い歴史を物語っている。僕は椅子に座りながら所狭しと並ぶ珍しい駄菓子を眺めた。
「子どもの頃から健康に気をつけないとね」と、母さんに決定権のあるおやつはいつも体に優しい素朴な味のものばかりで、色褪せた壁に囲まれたこの小さな世界に存在するもの全てが僕にとっては新鮮だった。
「どうぞ、おつかいのご褒美」
赤い液体の入った瓶がテーブルに『コン』と置かれる。不思議そうに眺める僕に「いちご水だよ」と微笑むおじいさんは、慣れた手つきで栓を抜いてくれた。
「さぁ、どうぞ」
手に取って瓶を口元に近付けると、ほのかに甘い香りが漂う。そして香りから想像した通りの爽やかな甘さが口中に広がった。それは本物のいちごの味とは違うけれど、確かにいちごと分かる味がした。
「おいしい!」
思わず漏れた声におじいさんがニコリとする。
「あまりジュース飲まないから。母さんがダメだって」
「それは悪いことしちゃったな」
「いいんだ、ありがとう。おいしい」
おじいさんは冷蔵庫の中から商品のサイダーを一本手に取り、ジュパっと炭酸の弾ける軽快な音を立てて栓を抜くと、まるでビールを飲むかのようにグビグビと喉を鳴らして飲み始めた。
「ちょっとくらい退屈な老人に付き合ってくれてもバチは当たらんだろ。学校が休みの日はこんなもんさ」
いつも、外からうかがう賑やかな様子とは違い、外を通る自転車のタイヤが地面を擦る音さえ雑音に感じるほどの静けさが店内を包み込んでいる。
「名前は?」
「北浜壮太」
「壮太か、良い名前だ。何年生だね」
「六年生」
「ほぉ、あまり見ない顔だな」