私は、絶対にこの手を離さないと決めた。
あれからもう数十年。私は今、この思い出の場所でかわいい孫とハンバーガーを食べている。翔は勢いよく食べすぎて、むせていた。
「おいおい、そんなに焦って食べなくても大丈夫だぞ」
「お母さん、いつもハンバーガー買ってくれないから」
翔は笑顔で口いっぱいにハンバーガーを入れて、もごもごと喋った。そういえば、妻も美鈴にはファーストフードをあまり食べさせなかった。だから、私と二人で出かけた時は、必ずハンバーガーを食べて嬉しそうにしていたっけ。
「おじいちゃん、この前おばあちゃんとここに来たんでしょ?何食べたの?」
「ん…?この前?」
「うん、おばあちゃんが昨日言ってたよ。この前おじいちゃんとここに来て、二人で観覧車に乗ったって」
はて、いつの事を言っているのだろう。
妻と最後にこの観覧車に乗ったのは、もう10年以上前の事だ。デパートには来ていたが、観覧車に乗ることはなかったし、ましてや妻が足を悪くした2年前からは、二人でデパートにも来ていない。
「おばあちゃんが、観覧車に乗ったって言ったのかい?」
「うん!だから、僕いいなーと思って。僕も乗りたいなーって言ったら、じゃあ今度二人で乗りに来ようって言ってくれたよ!」
翔の屈託のない笑顔を見ると、嘘をついているようには到底思えない。しかし、足の悪い妻が翔を連れて観覧車に乗るなんて、まず出来ない。希望という意味で言ったのだろうか?
「でもね、おばあちゃんおかしいんだよ」
翔が無邪気に笑いだした。
「突然ね、『ところで、あんたのお母さんはどこに住んでるんだい?一緒に観覧車に乗るなら、ちゃんとご挨拶しないとね』って言いだしたんだ。僕のお母さんは、おばあちゃんの子供なのにね。僕おかしくって、笑っちゃった」
翔の話を聞き、私は昨日の事を思い出した。
胸騒ぎがした。
翔を家に送り、午後の巡回バスを運転しながら、私はここ半年程の妻の言葉を思い出していた。
どうして、気が付かなかったんだろう。
遠くに見えるデパートの観覧車を見て、目頭が熱くなるのを感じた。私はハンドルをぐっと握りしめ、観覧車から目を逸らした。