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『妻よ、君がその手を離すまで』籐子

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 翔の大きな声に、私は思わず笑ってしまった。
 周りのお客さんもクスッと笑い、バスの車内は暖かい空気に包まれた。
「そう、おもちゃ屋のでんちゅーだ!」
 でんちゅーは翔の頭をなでて、珍しく大きな声で笑った。

 昼休み、翔を連れてデパートの屋上にある小さな遊園地に行った。
 昔は屋上遊園地なんてどこのデパートにもあったが、今ではほとんど姿を消した。この遊園地も、今は観覧車と小さな動物の乗り物しか残っていない。
“遊園地”とは言い難いが、それでもこの町の人は今でもここを“遊園地”と呼ぶ。
 かつて、たくさんの人々がワクワクしながら訪れた場所あったという事を心に刻み付けるかのように。

 私も、妻と付き合う前のデートでここに来た。夏の終わりの夕暮れのことだ。
 子供達で溢れかえった観覧車の列。私はこの観覧車のてっぺんから見る夕陽をどうしても妻に見せたくて、恥ずかしがる妻の手を引っ張って子供たちの列に並んだ。
 小さな観覧車だが、屋上よりも少し高い位置から見る夕陽は、目の前に何も遮るものがなく、まっすぐに飛び込んでくる。心の中の秘め事をすべて見透かされているような気がして、その度に自分の正直な気持ちに気付かされるのだ。だから、どうしても妻とここに来たかった。
 自分の想いを伝えるのはここしかないと決めていた。

 私たちの順番がきた。観覧車は子供用なので、自然と距離が近くなる。隣に座った妻の手と、私の手の距離は、わずか10cm程。
 たった10cm、されど10cm。
 こんなにも縮めることが難しい10cmは、生まれて初めてだった。

 私が一人で考えている間に、観覧車はどんどん頂上に向かって上がっていく。
 目の前にはきれいな夕陽。しかし、私にはその夕陽を見る余裕はなかった。
「寛太郎くん」
 突然の妻の言葉に慌てた私は、そのまま妻の手を勢いよく握ってしまった。妻はもちろん、私も驚き、二人で目を合わせて固まった。しかし、妻は緊張で汗ばんだ私の手をゆっくりと握り返して、言った。
「寛太郎くん、きれいね、ここから見る夕陽は」
 妻の笑顔はオレンジ色に染まっていたが、頬が少し赤くなっているのが分かった。
「あの…おじいちゃんと、おばあちゃんになっても…また一緒に、乗ってくれませんか?」
 まだ付き合ってもいないのに、完全に先走ってしまった。
 慌てて言い直す言葉を考えている私の慌てっぷりを見て、妻は笑って言った。
「少し気が早いけど…うん。いいよ」

 観覧車から降りた私達は、手を繋いだまま歩いた。彼女の手は華奢だが、とても温かく、私の手をしっかりと握ってくれていた。

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