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『妻よ、君がその手を離すまで』籐子

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「宮本、定年祝い決めたぞ」
「お、何にします?」
「実は…バスを貸してほしいんだ」
「え?バスを?私用で使うってことっすか?それは…いくら所長でもどうかな~」
「頼む!この通り!」
 私は宮本に深く頭を下げた。
「いやいや!やめてくださいよ!でも…何で借りたいんすか?」
「…妻を乗せて、この町を走りたいんだ」
「ウメさんを?何でまた?」
 宮本は不思議そうに私を見た。
「実は…妻が認知症になってな…。まだ記憶が確かなうちに、二人で生きてきたこの町を見て回りたいんだよ」
 私は小さな声で伝えた。
「まじっすか…」
 宮本は少し考えたあと、デスクの配車表を取り、何やらぶつぶつと言いながら鉛筆をはしらせた。
「この日の3系統はここまでだから…昼のここで17系統に変えて…それから…」
 宮本は配車表の作成においてはこの支店で一番の腕前だ。
「いける…。いけますよ、寛太郎さん」
 宮本はにやっとして私を見た。
「寛太郎さんの最後の晴れ舞台、俺に任せてください」
 いつもへらへらしている宮本の顔が、今日は頼もしく見えた。
「所長は俺がどうにかしますんで、寛太郎さんは、ルートをちゃんと決めといてくださいね」
「悪いな、宮本」
「何言ってんすか。男宮本、ここでやらなきゃ男がすたるってもんですよ」
「なんだそれ」
「男の見せ場ってことっすよ。じゃ!そういうことで!」
 いつものへらへら顔に戻った宮本は、そのまま所長のもとへ走っていった。


 最後の出勤日。いつものように妻の朝ごはんを食べ、いつものように妻の作ってくれたお弁当を鞄に入れた。妻はまだひどい症状にはなっていないが、時々会話が噛み合わない事が増えてきた。でもそんな時、私は焦らずにゆっくりと妻の話を聞く。
 焦っても、何も変わらないからだ。
 今の二人の時間を楽しむことが、二人で生きてきた時間をより確かなものにする。そんな気がするのだ。
 いつものように玄関まで見送ってくれる妻に感謝しながら、私は最後の仕事へ向かった。

 いつものように会社や学校に行く人たちを見送り、誰もいない車内でバスの匂いを楽しんでいた。この時間も、今日で最後だ。
「寛太郎さん」
 宮本がバスに入ってきた。
「今日は、このバス使ってください」
 宮本は得意げに言った。
「悪いな。ありがとう、宮本」
「ま、俺にしたら、こんなのちょろいもんすよ」
「どの口が言ってんだか」
 最後まで生意気で、憎めない後輩だ。

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