16 『幸せ蒲田計画』
定刻の十三時になった。『かまたえん』は熱気で溢れていた。
運営が前口上を述べて、すぐに演奏開始となった。
「それでは幸せ蒲田計画、スタートです!」
運営がマイクでそう告げて、健一の拙いハンドベル演奏が始まった。楽曲は勿論『ふるさと』だ。
家族を背負った蒲田の父親は、必死にハンドベルを鳴らした。
決して『う~さ~ぎ~お~いし』等と流麗な演奏ではなかった。
う、さ、ぎ、おー、い、し、か、の、や、まー。
一つ一つがたどたどしい音だった。
しかし正しい順序で音を鳴らしたので、健一の演奏は日本人の心に何かを響かせた。
屋上を行き交う人々は歩みを止め、一人の中年が汗を垂らす姿を、固唾を飲んで見守った。
人混みの中に、太一の姿があった。太一は友達と一緒に、家族にバレないような位置で、こっそりと父親の姿を覗いていた。
太一の目の前には今、これだけのプレッシャーの中、家族の為に頑張っている親父の姿がある。
「ゴメン……ゴメンねお父さん」
太一は仕事を優先した父親への怒りから、プラモデルを破壊してしまった。引っ叩かれて、家出して、それでも今、太一はここにいた。反省があるからこそ、家族という繋がりがあるからこそ、本当は父親を尊敬しているからこそ、今ここに、太一はいた。
「頑張れ……ガンバレお父さん」
そんな太一の心情に呼応するように、健一は鐘を鳴らした。
こ、ぶ、な、つ、り、し、か、の、か、わー。
美和は今、祈るように両手を握って健一を見守っている。
思い返せば、自分がハワイに行きたいが為に勝手に応募した。逆の立場だったら、怒り狂って家出をするだろう。しかし目の前にいるお父さんは、家族の為にと、やりたくもない課題を引き受けてくれた。
「どうかウチの優しいお父さんが、無事に演奏を終えますように」
今の美和には、ハワイ旅行はどうでもよかった。
美和の思いが通じたのか、健一は難しい箇所を難なく奏でた。
ゆ、う、め、は、い、い、ま、も、め、え、ぐ、う、り、い、てー。