和子だけが、健一の『ハッピーファミリープラン』失敗を目撃していた。失敗からの一六年の歳月は和子をそれなりに老けさせたが、夫を信じる気持ちは今も昔も変わらなかった。
「お父さん……」
人は失敗があって、成功がある。
わ、す、れ、がー、た、き、ふー、るー、さー、とー。
その後も健一は、一心不乱に『ふるさと』を演奏した。
健一は父親としての背中を、正面を向く事で家族に見せた。
健一は途中から、今一体何を鳴らして、次に何を鳴らして、その次に何を鳴らすのか、サッパリ分かっていなかった。しかし家族を想う父親に同調したように、身体が勝手に動いてくれた。
演奏が終わった。
最後のハンドベルを置いた瞬間、お茶の間の敗北者は、蒲田の成功者へと変わった。なんと健一は、ノーミスで『ふるさと』を演奏し終えたのだ!
屋上中から拍手と歓声が沸いた。
『パンッ!』とくす玉が割れて『大成功!』の文字が中から現れた。
「おめでとうございます! チャレンジ成功です!」
運営がそう言って、駆け寄って来た。
和子は泣いた。
太一はニヤリと笑った。
美和はピョンピョン飛び跳ねた。
何故か『服部塗装』の社長を、職人達が胴上げしていた。
運営が勝利者インタビューのように、健一にマイクを向けた。
健一は何も言葉が出てこなかった。
運営に促されて、和子と美和が健一の元に向かった。
太一も友達に「ほら、行けよ」と背中を押されて、父親の元へ歩み寄った。健一は太一の姿を見つけると、優しく肩を抱き寄せた。
『大成功!』のくす玉の下に、石橋家が揃った。
言葉が出ない健一の代わりに、美和が「最初は絶対無理だと思ってました」等とインタビューに答えた。
運営が最後に、本家の『ハッピーファミリープラン』よろしく健一に訊いた。「石橋さん。今、ハッピー? オア、アンハッピー?」
「勿論、ハッピーです!」
ようやく口を開いた健一に、大いに会場内は沸いた。
こうしてまた一つ、蒲田で生まれた幸せを『幸せの観覧車』は見守ったのだった。