「部屋でプラモデルばっか作ってんじゃん」
「それは今関係ないだろッ!」
「関係あるね。大アリ」
「なんだとッ!」
二人を見兼ねて、和子が仲裁に入った。
「お父さんも美和も、ご近所迷惑だから」
「お前は黙ってろッ!」
亭主に『お前』呼ばわりされ、和子はムッとした。和子は日和見立場から、東軍に寝返った。
「怒鳴っても何も解決しないでしょう? 美和だって反省してるんですから、もう怒鳴らないで下さい」
何故か劣勢に立たされた健一は、和子へ矛先を変えた。
「だから『ケータイなんて持たせるな』とアレほど言ったんだ。甘やかしたお前が悪いんだぞお前が」
「はぁ? あなたも結局納得して、ケータイショップで一緒に説明受けたじゃないですか。だいたいこの時世、ケータイ持たない子供がどこにいますか。持たなかったら美和も太一も危なっかしいから心配でしょう?」
この後、石橋家の争点はズレにズレた。健一は一言「話にならん」と吐き捨てて、また自室へと引き籠もってしまった。
勝利した東軍側は、『幸せ蒲田計画』の運営に「仕事で父が立て込んでいるので、詳細は明日まで保留にしてくれ」という旨の電話を入れた。
5 『服部塗装』
合戦翌日、健一は職場の『服部塗装』に出勤した。蒲田駅東口にある『服部塗装』は、主にリフォーム等の外壁塗装を請け負う。親方と事務員のおばさんが一人、残りの数名は健一ら施工職人という小規模会社であった。
健一は出勤早々、事務員のおばさんに「出るんですって?」と言われた。次々出勤してくる職人から「出るんですって?」「出るんですね」等と謎の激励を受けた。わざわざ缶コーヒーを買ってきてくれた年配までいた。何が起きたのかサッパリ分からない健一は、職人の一人にワケを訊いた。
なんでも、美和や太一が『幸せ蒲田計画の企画に当選した』とSNSに書き込んだらしい。職人の子供達の中には美和や太一の同級生がいたから、SNSを見た子供から親、親から親へと噂が広まったらしい。
親方さえも「お前の成功に社運が掛かってる」と健一の肩を叩いた。
健一は美和と太一への怒りもあったが、職人達の激励や優しさに心を揺さぶられていた。もし、今この場で「実は娘が勝手に応募しただけで、俺は出ません」と否定したら、事務所の雰囲気はどうなるであろう。缶コーヒーを買ってきてくれた年配にも、恥をかかせてしまうのではないか。
健一の葛藤は朝礼が始まるまで続いた。その朝礼でさえ、『幸せ蒲田計画』への出演を茶化された。
健一は貰った缶コーヒーをグイッと飲んで、在りし日の挑戦の日々を思い返していた。