ぼうっとそれを見ていた時、街路樹の葉っぱがとつぜんふたりの間に落ちてきた。ふたりで顔を見合わせる。
「七ちゃんさっき言ったよね。景色を四角い指の中に入れて目をつむって開いたら落ち葉みたいに写真がおちてくるといいのにって!」
七生は黙ってかたまったままその落ち葉を見ていた。
「しおりぃ。んなわけないじゃん。これは落ち葉だって。でもね、写真ってね一枚じゃなくて一葉。葉っぱの葉ってかくんだって。なんかこえー。でもおもしれー」
そろそろ百合子さんのお店に帰ってゆく時間が迫っていた。
こんなことを思い出す度に、七生っていったいなにものだったんだろうって思う。ほんとうにわたしの弟だったのかもわからなくなることがあって。七生が家を出て行ってからもう7年も経つのに、このデパートを訪れると、七生が、しおりぃ、おせぇよって楽しそうに身体を弾ませながら、あちこちの店の角からふいに現れてきそうな気がする。
仕事帰りに<天神屋デパート>に寄ったのは理由があった。百合子さんの仲の良かったデパ地下の人たちが心を込めて<お別れの会>というのを催してくれた時のお礼も兼ねていた。地下1階は夕方のセールの時間帯だったのでとても混みあっていた。
おばさんやベビーカーを押している若いお母さんや、ひとりのおばあさんなどみんな今日の夕食を何にしようか迷いながら歩いているみたいだった。
漬物屋の<胡庵>の前はいつも麹の発酵している匂いがしていて白いごはんがたべたくなるそんな場所だった。兼さんがむかしみたいに鉢巻きをして、すごい濁声で「安いよキムチ。奥さんどう? ダイエットにいいんだよ。食べてるとお肌ぴかぴかで旦那さんもよろこぶんだから買っていかない? いらないの? そう」
わたしはなつかしいお決まりの兼さんのショートコントな口調をしばらく聞いていた。
「あ、しおりちゃん」って気づいてくれた兼さんは少し驚いて「あれもう大丈夫かい?」と優しく声をかけてくれた。祖母のお別れの会の時にはほんとうに兼さんにお世話になりっぱなしで、ご挨拶が遅れてしまって申し訳なくって、と、頭を下げようとしたら、「いいのいいの。お世話になったのはここのみんななんだから」ってさっきの濁声とは違う低いけれど温かみのある声で言ってくれた。
わたしがささやかですがとお礼の品のお茶と梅干しのセットを渡そうとしたら、そんなの受け取れないよって怒ったポーズの人みたいに胸の前で腕を組んだ。
「だってさ、百合子さんはいてくれてありがとうっていう存在だったんだよ。俺たちなんもしてないもん、それでお孫さんのしおりちゃんからそんなもったいないもの受け取ったら御天道様に叱られるよ。気持ちだけもらっとくよ」
兼さんはお天道様っていう時、ちょっとレトロな天井を見上げながら言った。ちょっとこまってしまったわたしはでも、と言葉をつなげる。