「・・・小さい頃からここで育ったわたしと七生のこころばかりの、」
「あ、ナナちゃん久しく会ってないけどまだ海の向こうかい?」
七生のことを聞かれた時、兼さんの視線が鋭くお客さんの方のアングルに動く。「ヘイ、お待ち。しおりちゃんちょい待ってね」
兼さんはべったら漬けちょうだいって言っているおばさんの側に行き、まいどありぃと声をかけて、ビニル手袋に手を入れて大根を掴むと、300ちょいでちゃうけどかまわない? そうありがとう。あ、ポイントカード持ってます?ポイント貯めると奥さんにな~んかいいことあるみたいなのよ、っておじさんはよく知らないんだけどさっ。はっはっはって高らかに笑って、毎度おおきにでしめていた。
兼さんはわたしのところに戻ってくるとお待たせしてごめんねと言いながら、そしてふっうと息を吐き、ばりっとした藍染めの前掛けのポケットからはみ出たタオルで手を拭くと、そうだよね、しおりちゃんとあのナナちゃんが是非にっていうもの断れないから、じゃありがたくと手を差し出してくれた。
その品を受け取りながら兼さんは、「今でもね、こうやって商売してるでしょそしたらふとね、百合子さんのところも鉢植えひとつでも売れたかなって思うわけよ。もうそろそろ店じまいしてあの通用口からひょこっと顔出して、兼さん胡瓜、沢庵、奈良漬くださいなって寄ってくれるころだなって、もうそういう体内時計みたいなもんがおじさんに染みついててね、つい思っちゃうんだなこないだなんかさ、百合子さん風邪でもひいたかなって思ってしばらくして、豆腐屋の<豆蔵>さんとこいって百合子さん最近みねぇなって言いそうになってさ、踵を返したわけ、すごいよ百合子さんって人は。いなくなったっていうのにいるんだよなぁ。しおりちゃんもナナちゃんもいいお祖母さんもって、幸せだったよ。へへ、ま、そういうこと。しおりちゃんそいでさ、漬物持ってって。よかったらおじさんからのプレゼント」
兼さんが漬物を袋に入れそうになっていたのでわたしは「だめですよ。そんなことしたらあっちにいる祖母に叱られます。あっ、買わないとポイントつかないんですよね。ポイントつくといいことあるっておじさんおっしゃってたから、キムチください!」
兼さんと別れてから百合子さん愛されていたんだなって思いながら、デパ地下のノイズを聞く。百合子さんが何十年も通った場所。まだフロアがぴかぴかだった頃からここをしゃかしゃかと速足で歩く姿が浮かんでくるようだった。
さっき兼さんが言っていた社員通用口の扉を遠めに見ていた。
ぽわんぽわんと人が通るたびに揺れて開いたりすぐ閉まったりする。把手はない。開けたいときは身体で開けるのだった。百合子さんはあのドアをどんな顔してすり抜けていったんだろうと想像する。
安いよ。もうどれにするのハッキリしなさい、ね。魚のフライとピカタどっちが食べたい? こまかくなってしまってすみません、ちゃりちゃりん。細かい方が助かります。あっ、お母さんここにあったよペッコリーニ。