弘前城は桜が有名だけれど、天守閣まで現存している城、という意味でも貴重な文化財だ。当麻は日本史が好きだったようで、弘前城は思っていたよりも興奮気味に見学していた。青森市内から弘前方面に行くか、十和田湖方面に行くか、迷ったところだったけれど、弘前城で正解だったようだ。
一日の〆として夕食に選んだのは金橋部長に連れて行ってもらったあのほたて屋だった。
自分自身でも、あの店のほたての味が忘れられなくて、その後一人で何度かお世話になった。
注文していたほたての定食が届くと、当麻はこちらが思っていた通りの反応を示してくれた。分かりやすい奴って喜ばせやすいから楽しいな。
「でっかー!ほたてめっちゃでかい!すごい!」
そう言って当麻はほたてを堪能した。幸せそうな顔を見ていると、こちらも幸せになる。
あらかた食べきったところで、当麻が声を潜めて目線を厨房に向けた。
「てかさ、東北美人、いるじゃん」
そう言った当麻の目線の先にいるのは、梅雨が終わる頃くらいから見かけるようになったバイトの女の子だ。お店にすっかり馴染んで看板娘のようになっている。
黒髪・色白・もち肌、東北美人の定義がなんなのかは分からないけれど、確実にクラスで10番内には入るかわいい子だ。
「学生だろ。多分」
「何、藤島は大人のお姉さんがタイプなわけ?」
「いや、そんなことは言ってないけど」
「常連ならさ、会計の時とかにちょっと話しかけてみれば良いじゃん」
俺が当麻だったら、当麻みたいに見てくれがよくて、コミュ力があればできるかもしれない。「残念ながら、見ているだけでお腹いっぱい」
「あのおやじだって言ってたじゃんか、気持ちはちゃんと伝えろって」
「いや、あのおやじが言ってたのは、相手の主張をきちんと聞け、だろ」
「あ、そっか。俺がそう聞いたのは藤島が青森に言った後だ。昔の恋愛話聞いた時だ」
脳内に蒲田の赤提灯のあのお店が浮かんで、消えた。どことなく、このほたてのお店と雰囲気は似ているせいだろうか。あの日の夜の出来事は、昨日の事のように鮮明に浮かんだ。
次に浮かんできたのはその居酒屋であの日出会ったおやじと金橋部長がケンカをしている様子。
「……好きだった子が親友と付き合っていて、しかも青森に旅立っちまったって話?」
「えっ?お前も一緒に聞いたんだっけ?」
当麻はどってんした表情で俺に尋ねた。
「さあ、どうだったかなー」